scruff













仕事が一区切りついた所で淹れた珈琲が入ったのと

真島が事務所に現れたのはちょうど同じ頃だった。

兼ねてから来訪の伺いを立てない男だ、ふらりと現れた様にも別に驚きはしなかったが

今日ばかりはやっぱりツッコミ待ちだろうかと、数十秒ぽかんとしてからなまえは口を開いた。



「どうしたの、その格好。」

「あ?あぁ。」



衣服や肌に血が付いていることはままあった。

大抵は返り血だったりして本人は至って無傷なのだが、今日はなんだか違う。

詳しくいえば、つまり、精気がない。



「桐生ちゃんと遊んどった。」

「はぁ?」



デスクへ真島を手招きして、泊まりこみの為に置いてあるメイク落としを取り出す。

意外にも抵抗を見せなかった彼は素直にデスクへ腰掛けると、拭けと言わんばかりに首を延ばした。



「ハロウィンでもないのに、ゾンビ?」



真島は無言で頷いて、当たり前のようになまえの珈琲を飲んだ。

結構本格的なメイクは、市販のメイク落とし程度の除去力では歯が立たなかった。

いっそシャワーを浴びてしまった方が早いのだろうけれど、生憎ここは会社で

勿論入浴設備等備えていない。

それでもメイク落としのシートで比較的するする落ちる、これは血糊か本物か

たぶん、後者だろうな。



「なんだっけ、ウィルスだっけ、ゾンビになるの。」



何らかのバイオテロによって生身の人間が生きながらにしてゾンビになるという設定が

主流になったのはつい最近のことのように思う。

一昔前のゾンビは元々死んでいて、墓の下から苦し気に出てくるものだったし

ともすれば確か、ヴァンパイアの手下か何かという設定だった気がする。

もう死んでいるが故に本能的な欲望に非常に忠実で

だから人間を襲って食べるのだと、ずっとそう思っていた。



「桐生ちゃんを食べて来たの?」

「阿呆、気色悪いこと言いな。」



こすってもこすっても落ちない、完成度の高い特殊メイクを落とすことは諦めた

結局3枚使ってしまったメイク落としをゴミ箱に放り投げて冗談を飛ばす。

真島は一瞬眉を顰め、わざとらしく唸り声を上げてデスクの上で身体を捩ると

椅子にかけたなまえの首筋に勢い良く喰らいつき、甘噛みをした。



「ゾンビになっちゃう。」

「ええやん、なったら。」



くすくす笑いながらなまえが真島の肩をやんわりと押したけれど、彼はビクともしなかった。

何度もなまえの首筋を甘噛みしては舐めあげ、キスをし、またかぷかぷと噛み付いた。

しばらくぶりの接触に、もっと触れて欲しいとは口に出せない代わり

真島の掛けるデスクの上の書類をずいと横にずらして、近寄り易くしてみた。



「良いなぁ、それも。」



思惑通り身を乗り出した真島の後頭部に両手を回してなまえは独り言ちる。

ゾンビになれば、仕事なんかしなくてもよくなるのだろう。

眠くなったら寝て、したくなったらして、お腹がすいたら食べて。

片手の指で足りてしまうような数の欲求にのみ従って、気の赴くまま生きて

そうしていつか腐って死んで、土に還ってそれで終わり。

いつの間にか真島は甘噛みを止め、首筋をぬらぬらと湿らせながら

顎、首、そして鎖骨へと貪るようなキスを繰り返している。



「ちょ、やだ、待って。」



シャツのボタンに手を掛けられて、慌てて制止をかける。

一瞬手を止めた真島が首筋から唇を離したと思ったら、また彼はボタンをひとつ外した。



「ええやろ。」



すっかりデスクに乗りあげて、耳元で有無を言わさぬ真島の声がした。

なまえの咎める手など存在しないかのようにひとつひとつ、的確にボタンを外す真島に観念して

されるがままに抱き上げられ、デスクの上に横たえられる。

その間もずっと首筋に体温を感じながら、もういっそこのまま

本当に屍になれたら良いと切に願った。





























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