pont du nez
















職場の近くへ越してから、比較的朝はゆっくりになった。

それでもなぜか慌ただしい、朝というものは本当に嫌いだ。

バタバタと出勤準備を進めるなまえを横目にソファで珈琲を一杯やっている、渡瀬は珍しく昨夜泊まって行った。



「なんや、寝坊か。」

「違うわよ。」



テレビに映る朝の情報番組とカーテンを開けた明るいリビングに

渡瀬は非常に不似合な気がした。

朝食を摂らないなまえの習慣を、渡瀬は不健康だと指摘する。



「普通の社会人の朝は、たぶん皆こんなもんよ。」

「ご苦労やなぁ。」



鍵はポストへと前時代的な伝言を付け足しながら、なまえは腕時計を付けた。

出来れば寝起きの、あんまりにも生活臭のするこんな光景は見られたくなかったけれど

物音がすれば起きてしまう、恋人とどれ程歳が離れているかを痛感した。



「女連れ込まないでね。」

「阿呆。」



腕時計、ピアス、ネックレス。

毎日変わらない手順でアクセサリーを身に着けながら、なまえが軽口を叩く。

渡瀬は表情ひとつ変えずに否定でも肯定でもなく、罵倒を浴びせた。

なまえはちらりと渡瀬を見遣って小さく笑うと、最後に口紅を引いてバッグを肩に掛けた。



「じゃ、行ってくる。」

「おう。」



相変わらずソファで寛いで居る、渡瀬の目線はテレビではなく新聞を追っている。

出掛ける前のキスくらいしようかと顔を覗き込んでふとなまえは止まった。

しまった、口紅塗ったばかりだ。



「なんや。」

「いや、別に。」



唇でなく頬にすべきだろうか。

それでもラメの入った、どろどろしたなまえの紅が顔へ付着することを

きっと渡瀬は良くは思わないだろう。

テレビの画面が短く2度切り替わる間に逡巡し、結局なまえはキスを諦めた。

まぁいいや、出勤しよう。

脳が結論に達して全身の筋肉に指令を送る、その直前に

顔の角度は新聞へ向けたまま、訝し気に目線を上げる渡瀬がなまえの鼻にキスをした。



「ほら、はよ行け。」



ほんまに遅刻すんで、と続けた渡瀬の目線は既にもう新聞の中にある。

時計はもう、いつもの出勤時間を3分も過ぎている。

慌ただしく返事をし、部屋を後にしてエレベーターを待ちながらふと気づいて

にやけている頬を指で押し戻した。
























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