cheveux














仕事に追われ、ほとんど顔を合わせない日々が続くと

すれ違いどころかもう赤の他人なんじゃないかってくらい、お互いの動向がわからない。

全てを把握しておきたい程束縛したがりじゃない、自分がやられたら嫌だし

どうせ雀荘か、街をぶらついているか署に缶詰になっているかどれかだ。

谷村にしたってなまえはどうせ会社で残業をしているか、家で残業をしているかだということは

訊かなくてもわかることなのだ。



「久しぶり。」



金曜の夜、馬鹿みたいに忙しかった日中は水を飲む暇さえなかった。

定時は18時なのに、気づけばもう24時を回っていて

終電すらない、結局なまえが会社で朝を迎えたのは今週3回目になる。

明け方始発が動きだしてから帰宅すると、寝室で谷村が熟睡していたので声を掛けずにシャワーを浴びて

そしてまた仕事に戻って夕方に至る。



「おはようとかじゃねぇの、普通。」



勝手に持ち込んだ彼の部屋着の腹を巻くって、気怠そうな欠伸をしながら谷村が返す。

無許可に冷蔵庫を開けて適当に飲み物を漁る、谷村と会話をしたのは随分久々な気がする。



「夕方なのに?」

「昨日待ってやってたんだよ、馬鹿。」



500mlのペットボトルを見つけ出して、半分くらいを一気に飲み干しながら谷村が向かいに掛けた。

絶対に嘘だと分かる言い訳をする横顔を見たのもたぶん、1ヶ月は前だった。

特に感想も抱かず、ふぅんと返したなまえは再びPCに向き直る。

いつも忙しい訳では無いけれど、この所非常に忙しい。

キーボードを叩き過ぎて、手首が腱鞘炎になってしまいそうだった。



「どんだけやってんだよ、それ。」



PCの左に置かれた分厚いファイルの表紙に銘打たれた案件名は、1ヶ月前から変わらない。

それ程大きなプロジェクトなのだ。

やっと大詰めを迎えた案件に追われるなまえに、谷村は投げやりな視線を寄越した。



「んー…」



1ヶ月振りに面と向かって会えた恋人に、まともに返答をする時間さえ惜しい。

扱いが雑なのではなく、信頼と甘えがあってのことだと彼は解ってくれるだろうか。

谷村が煙草に火を点けると、なんとなく吸いたくなってなまえも自分の煙草に手を伸ばす。

ゆっくりと煙草が短くなる間、キーボードを叩く音とコピー用紙を捲る音以外に

二人の間に音は無かった。



「じゃ。」



煙草をもみ消した谷村が一言呟いて席を立つ。

咥え煙草が随分短くなっていることに気付いて、慌てて灰皿に投げ込んだなまえがやっと顔を上げた。



「出掛けるの?」

「夜勤。」



首を捻って気持ちの良い音を鳴らしながら谷村はなまえの横を過ぎ去った。

やっぱり何の感想も抱かず、ふぅんと答えるだけのなまえの髪に

彼は不意にキスを落として立ち去った。



「どうしたの。」



たぶん、今日初めて笑った。

嬉しさより驚きが勝ったような表情で、それでも唇が少し緩んだなまえが振り返ると

谷村は部屋着を適当に脱ぎ棄ててシャツを探していた。



「悪いかよ。」

「別に。」



それ以上の会話はひとつもなく、谷村が玄関を出て行く背中に

なまえも背を向けたまま行ってらっしゃいと投げかけただけだった。

次に会えるのはいつだろう、別に何時でも良いけれど

それなりに愛し合っている温度感が不快ではなくて、やっぱり別れられないと気づく。


















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