ル・パン











オーナーがお見えですと伝えたアルバイトの黒服の顔は険しかった。

佐川の来訪に良い顔をしない真島の動向を、よく見ている男だった。

また金の無心かと内心うんざりしながら、それでもアルバイトのこの男には何の非もないわけで

わかった、と呟いた真島はシャンパンを開けた客に一礼をして事務所へ向かった。

事務所の椅子に我が物顔で掛けた佐川は、灰皿もないのに悠々と一服している。

真島は何の挨拶もなしに乱暴に灰皿を出してやると、自分も火を点けた。



「金ならこないだ渡したトコやで。」



どんなに働いても先の見えない毎日に、時折発狂しそうになる。

佐川は煙を吐き出しながら手を振ると、ちげぇよとかぶりを振った。



「監視だよ、監視。」



舌打ちをひとつ、真島の顔を佐川は愉快そうに眺めた。

自分の顔を見ただけで真島が面白くないということが、佐川にとっては面白い。

ふんと鼻を鳴らして満足げに笑うと、佐川は従業員の誰かが置いて行ったスポーツ新聞を広げて寛ぎ始めた。

癪に触るが、真島は従業員用の珈琲を淹れて出してやる。

彼の機嫌を損ねることは許されないのだ。



「そういや、オッサン随分面食いやったんやな。」

「あ?」



スポーツ新聞から目を離さずに、佐川が意図を図るような返事を向ける。

ドリッパーの珈琲を使い捨てのコーヒーカップに注ぎながら、真島は続けた。



「こないだ女連れてたやろ、えらい別嬪の。」



先週の、いつだったか詳しい日付は覚えていないが

店の乾き物が切れたので真島が近所の店まで調達に出掛けた帰りだった。

曲がり角の向こうで停車したタクシーから佐川が下車して咄嗟に身を隠していると

彼に続いてどうみても堅気の、企業勤めらしい服装の女性が下りて来た。

横顔しか見えなかったけれどちょっとそこらへんには居ないくらいの美人だということは

二人が入っていったマンションのエントランスの明かりでよくわかった。

年齢は真島と同じくらいだろうか、佐川よりもずっと若い。

触れ合ったりするようないちゃつきこそなかったけれど、二人は随分親密そうに見えた。



「あぁ、なまえか。」



思い出したような声で佐川が呟く。

唇から外した吸いかけの煙草は、灰皿へたどり着く前に床へ灰を零した。



「オッサンも女居ったんやな。」



真島が揶揄い半分、感心半分に呟きながら珈琲を置いてやる。

佐川の口から出るなまえという名前はあんまりにもしっくり来ていて

たぶん長い付き合いなのだろうと思われた。



「ちげぇよ、あいつは。そんなんじゃねぇ。」



彼等がマンションに入って行ったのは23:00を回っていた。

女はどう見てもデリヘルやそれらの類には見えなかったし、

佐川に強制されてマンションへ入って行った雰囲気も見受けられなかった。

その後直ぐタクシーが発進したところを見ても、間違いなく二人はあそこで夜を明かしたはずなのに

佐川はやる気なさげに否定した。



「なんや、照れんでええやん。」

「惚れた腫れたは稼業じゃねぇんだ、お前さんと違ってよ。」



咥え煙草を燻らせながら吐く佐川の言葉にはいつも棘がある。

穴倉の事を指しているのか、それとも現状の商いを指しているのか漠然としながらも

癪に触ることだけは間違いなかった。

佐川の恋愛関係等さして興味はなかったけれど、真島は手持無沙汰に掘り下げてみることにした。

それに、女を抑えれば多少有利になる面もあるかもしれない。



「堅気やろ、あの女。ええのん。」



仮にも直参の組長だ、何かあれば自分ひとりの命では済まないこともある。

金絡みなんかで遅延が生じようものなら真っ先に身柄を抑えられるだろうし

裏の女であればそれなりに逃げ道やらを用意してくれるツテも見つけやすいだろうが

堅気の女なんて丸腰そのものだ。

相手のことを考えるなら、手を出すべきでは無かったのだ。



「大丈夫だろ。あいつは。」



投げやりに聞こえる様で、全く問題視していない表情が見て取れた。

なまえが如何なっても構わないというより、なまえは如何もならないという絶対的な自信と

信頼が含まれているような物言いだった。



「そういう所が、良いんだよ。」

「なんや、結局惚れてるんやんか。」



佐川が煙草をもみ消しながら、当たり前の様に珈琲を啜る。

ついでに淹れた自分の珈琲をつられて一口流し込みながら真島が突っ込んだ。



「馬鹿、お子様にはわかんねぇよ。」



佐川が肩で笑う仕草を見ながら、ふぅんと呟いた真島はいよいよ興味を失くしたけれど

やっぱり彼はあの女と寝ていないのではないかという考えが、ちらりと脳裏を過った。














語るまじの煩い








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