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初夏の日差しですら肌を刺すように強い。

日傘越しの太陽光は地面の砂利からも照り返して目に痛い。

薄らと陽炎が立ち昇る、人気のない墓場はそれでも通りよりは涼し気で

ひっそりと並ぶ墓石のひとつに懐かしい代紋が彫ってある。

なまえは着物の袖を抑えて柄杓で水を掛けてやると、仏花を活けて線香を立てた。

千石が死んで、そろそろ十回忌になる。



「薄情な舎弟ですな、一人もけぇへんとは。」



丸い石を踏む重そうな足音が怠慢に近づき振り返ると、渡瀬が大袈裟に同情した。

今では近江のトップに就任したらしいその男は、千石の葬儀でも見かけた。



「人徳は、無い人でしたから。」



義理も人情もない、下品で金が全てだった千石組は彼亡き後即座に解散されて

かつて舎弟だった組員達は散り散りになっていった。

その後彼等がどうしているか、なまえは何一つ知らない。

なまえが日傘の柄を指先で弄りながら呟くと、渡瀬は鼻で笑った。



「親の恩を忘れた阿呆ばっかりや、最近は。」



かねてから武闘派だったと聞く、渡瀬がトップに立ってから近江連合は変わったのだろうか。

千石が残した莫大な資産はなんやかんやとかすめ取られ

残ったのは生前彼がなまえに構えさせた、繁華街から少し離れた狭い小料理屋と

内縁の妻だったなまえだけになった。



「姐さん、最近どないですの。」



元々別に、極道の妻だった訳では無い。

常連の客の中には薄々組の影がちらついていた過去を知る者もいるが、

なまえは表立って裏社会との関わりをひけらかしたりはしなかった。

姐さんと呼ばれたのは随分久々だ、今では千石の墓を参る者もない。



「あんじょうやっとります、お陰様。」



渡瀬の顔を見ないまま、なまえが数珠を仕舞いバケツを持とうとすると

大きな手が無言で奪い取って行った。

視界にちらりと映った、太い指に嵌められた派手な金色の指輪は

自ずと千石を彷彿とさせた。



「そろそろ落ち着いたらどないです。」



千石の墓を後にし、勝手場までの舗装されたコンクリートの上を歩きながら

背を向けたまま渡瀬が切りだした。

彼は時折、年に1度か2度程なまえの営む小料理屋へ足を運んでくれる。

営業時間の少し前に来て、少しの日本酒といくつかの小鉢をつまんで

他の客が来る前に帰って行く。

里芋の煮たのなんかを口に含んで、しんみりと美味いと言った後

万札を何枚か置いて、勝手に帰って行く。



「昔の男をいつまでも引き摺るんは、あんまり賢い女のすることちゃいますなぁ。」



勝手場にバケツを戻した渡瀬が振り向きざまに呟いた。

この10年、幾度となく口説かれている彼との会話を

なまえはいつものらりくらりと逃げている。



「阿呆な亭主には、阿呆な女房がつきもので。」



私鉄の駅から徒歩で30分程離れた霊園にはバスしか交通手段がなかった。

久々に都会の喧噪を離れゆったりとバスに揺られるのも悪くはなかった。

霊園を抜けた先に黒塗りのベンツが停まっている、その脇にスーツ姿の男が立っていた。

遠目でも、堅気でないことは良く分かった。



「駅まで送らせてください。この暑さや、姐さんに倒れられたらワシの顔が立ちまへん。」



なまえが車を認めたのを見届けると、渡瀬が道を譲った。

それを合図に後部座席の脇に立っていた男がドアを開けたけれど

なまえはゆっくりと首を横に振った。



「そんなんしたら、あの人に怒られます。」



他に女を何人も囲っていたことは知っている。

どんな汚い手を使ってお金を溜めこんでいたのかも知っている。

下衆で下品な成金趣味の千石に、死して尚操を立てていることは

傍目に見ても馬鹿だと思いこそすれ、愛していたのだから仕方がない。

さいですか、と呟いた渡瀬が残念そうに肩を竦めた。



「兄さんもせやったから、ご存知とは思いますけど」



ふと渡瀬が一歩間合いを詰める。

大きな身体で日差しが遮られて、すっと視界が暗くなる。

なまえは日傘を少しずらして顎を上げたけれど、渡瀬の表情は逆光で伺えなかった。



「逃げるモンを追うのも、稼業なんですわ。」



威圧的な物言いが何を意味しているのか、なまえは解らない程小娘ではなかった。

サングラスの奥の視線が自分をきつく見据えているのを自覚しながら

なまえは肩に掛けた日傘を揺らして目を伏せた。



「肝に銘じときます。」



一拍の間を置いて、伏せた視界に映る渡瀬の高級そうな靴の先が動いた。

じゃり、じゃりと、現れた時と同じような足音をさせて去っていく彼は何も言わなかった。










は、







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