gabbiano












日中は汗ばむ程の陽気で眩暈がしてしまう程なのに

陽が沈めばやおら寒くなる昨今、寒暖の差で調子がおかしくなりそうだ。

ストールが手放せなくなったのはいつからだったか、今では空調にさえ気を遣う。

終業後になんだか呑みたい気分になって、駅から家へ向かう帰路を途中で折れた。

行きつけにしている地下のバーのカウンターでワインをちびちび舐めていると

肩に掛けていたストールが、日焼け止めのすっかり取れた肌から滑り落ちた。



「落としたよ。」



少し高いスツールに掛けたまま、ストールを拾おうと身体を向けると

いつから店に居たのだろう、尾田が先んじてストールを拾い上げた。

なまえが一人で呑んでいると何処からともなく現れる、彼にはよく食事に誘われるけれど

一度も誘いに乗った事はない。

なまえが呆れたように眉を上げる様を愉快そうに見下ろして、尾田が掌でストールを揺らした。



「良い匂いだ、シャネルの5番かな。」



言いながらちゃっかりなまえの隣に腰掛ける尾田はストールを返そうとしない。

店員が彼のオーダーをこちらのカウンターへ移動させた。



「そんなの持ってない。」



古いセレブが愛用したらしいということは知っている、有名な香水。

あのムスクの匂いを好まない、なまえは5番が流行した年代よりは若い。

回答が外れても尾田はちっとも残念そうでは無い顔で、生地を指の間に滑らせていた。



「そうか、いい女の匂いは全部アレなのかと思ってた。」



適当なことを嘯きながら、尾田の関心は全く別の所にあるようだった。

彼の唇はいつも息を吐くように、調子の良い事ばかりを呟く。



「ね、こないだの金曜日何してたの。」

「何って、別にいつも通りよ。」



カウンターに肘をついて、こちらを見つめる尾田の目が少し鋭い。

どうしてバレたのか知らないが、先週の金曜に男と食事に行ったことを知っているようだ。

結局彼とは何もなかった、本当に食事をしてその場でタクシーに乗って別れただけだ。

彼は何か発展したそうな下心を丸出しにしていたけれど気が乗らなかった。



「そろそろ俺の番かと思ってたのに。君はいつも長蛇の列だ。」



さも残念そうにそう吐き捨てる尾田は先週の金曜連絡をくれなかった。

件の男の誘いを承諾したのはその場の勢いだったと後になって思う。

何の勢いだったのか、今はもうわからない。



「ねぇ、そろそろ俺にしときなさい。」



尾田が薄ら笑いを浮かべながら、諭すような揶揄うような口調で言い切った。

一向に目を離そうとしない彼に負けて、なまえの方が視線を外す。

手持無沙汰に煙草に手を伸ばし、火をつけようとライターを擦ると

チッと短い火花が散って、弱々しい火種が点いた瞬間すぐ消えた。

オイル切れだ、と思う間もなく尾田がなまえの目前にライターを差し出す。

片手で囲われた火に煙草を近づけながら、なまえは眉間に皺を寄せて尾田を見上げた。



「俺、結構便利だよ。顔も性格も良いし、喧嘩も強いし、ライターだって持ち歩かなくて良い。」



なまえが点火したのを見届けた尾田が大袈裟な口振りで続ける。

男の自称喧嘩が強いは宛てにならないのは十分わかっているけれど

それなりに鍛えられている彼の胸板や肩の張りは、尾田が嘘を言っている訳では無いだろうことを教えていた。

なまえは唇の端を上げて相槌を打つように何度か頷き、先を促す。

口を湿らせるように呑みかけのウィスキーをちびりと舐めた尾田はやっと

ストールをなまえの肩に掛けて寄越した。



「ストールだって失くさないし、寒ければ掛けてあげる。」



両肩に掛けられたストールの端を胸の前で纏めて引き寄せる。

肌寒かったわけじゃない、ただジッと見つめ合うのが気恥ずかしくて顎の下までを布で隠す。

なまえは相変わらず無言のまま、次を待つようにニヤニヤと笑うのを

同じくにやつきながらのぞき込む尾田が距離を詰めてくる。

彼の香水の匂いも、シャネルではないと知った。



「暑くなったら、脱がしてあげる。どこまでも。」



ワインはまだ残っているし、煙草だってまだ長い。

言い訳を考える時間はたっぷり残っているようで、随分追い詰められていることに気づいた。

決して外そうとしない尾田の視線を真正面から受け止める。

困ったことに、先週の金曜よりもしっくり来てしまっている。
















だけが







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