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身体は疲労が溜まっているのに眠れない。

本来ならこんな時間はもう間接照明だけにしているはずのリビングは煌々と蛍光灯が照らして居て

いっそ酔ってしまいたいと空けたワインは2本目がなくなりかけている。

自分でも稚拙な理由だと思う、こんな馬鹿みたいな夜は何年ぶりだろう。

ホラー映画を観ちゃって眠れないなんて、子供みたい。



「ひぃッ!!」



携帯に着信、堅い素材のテーブルの上に置いたバイブ音は思ったより大きかった。

一人暮らしの部屋で目撃者もいないのに、大袈裟に驚いてしまった自分に恥ずかしくなる。

もうすぐ深夜2時、こんな時間に電話をかけてくるのは佐川か

もしくはオバケくらいのものだ。



「何。」

『おう、起きてたのか。』



電話の向こうの佐川は深夜に似つかわしくない、元気な声色をしている。

それもそうだ、彼は完全に昼夜逆転した生活をもう何年も送っている。

無遠慮に掛けて来た癖に、もう寝てるかと思ったと続ける佐川の声に

なまえは少しだけ安心してしまった。



『またこんな時間まで仕事してたのか。』

「違うわ、映画観てたのよ。」



映画鑑賞が趣味のひとつであることは佐川も知っている。

仕事だけが趣味という訳ではないのだ。

残業したり仕事を持ち帰る度に無能だと嫌味を言ってくる佐川に誤解されたくなくて

そこは正直に事実を話した。



『こんな時間までか。へぇ。』



佐川の声が揶揄うような、探るような声色で耳へ届いた。

別に他の男を連れ込んでいる訳でもない、清く正しく映画を鑑賞していただけのなまえにやましいことなどひとつもない。

相槌を打ちながらなまえはグラスのワインで唇を濡らした。



『珍しいな、いつもは12時には寝る癖に。』

「ちょっと長い映画だったのよ。」



どんなに面白い映画でも、翌日の業務に支障をきたすのは頂けない。

上映時間を逆算して日付が変わるようなら後日に回す、そんななまえの性格を知っている佐川は

努めていつも通りに振る舞うなまえの腹の中を探っているように思えた。



『なぁ、ちょっと玄関の覗き穴とか見てみろよ。』

「なんで。嫌よ。」



小馬鹿にした口調で唆すのを、なまえはにべもなく拒否した。

なんとなく玄関先に白い服で長い髪の女が立っているのを想像して背筋が凍る。



『じゃあ、ベッドの下だな。』

「意地悪。」



性格が悪いのは重々承知、佐川はこの手の悪趣味な悪戯は得意だった。

眠れない理由が何故バレたのかは知らないが、彼はこういう時ばかり異様に勘が良い。

きっと、全国いじめっこ選手権があったら良い所まで行くだろう。



『テレビ点けてみろよ、砂嵐とかさ。』

「うるさい、馬鹿。」



なまえが語気を荒げると佐川は嬉しそうに笑った。

ただでさえ眠れないのに、余計に眠れなくなりそうだった。

電話の向こうで佐川は珍しく、声を上げて笑っている。

とても不愉快だ。



『怖いから来てとか、言やぁ可愛いのによ。』



一頻爆笑した後に、まだ余韻を残して佐川が投げかける。

不愉快な笑い声の最中に通話を終了しなかったのは、やっぱり怖いからだ。

我ながらホラー耐性のなさに情けなくなる。



「嫌よ、別に来なくていい。」

『なまえ、ほら、お前の後ろ…』



わざとらしくおどろおどろしく続ける声を、うるさいうるさいとかき消した。

全然怖くない、怖くないけれど

今はちょっと、振り返りたい気分じゃない。



『しょうがねぇな、お願いしますっつったら行ってやるよ。』

「別に、良い。」

『え?さっきからうめき声のノイズが…』

「あぁ、もう!!」



なまえが遮ると佐川はまた不愉快なほど笑った。

面倒臭そうに折れた佐川は一瞬の間を置いて

15分待ってろと言うなり電話を切った。

ソファの上に深く沈みこんだなまえはやっぱり背後を振り返らなかったけれど

グラスの底のワインをちびりと舐めて、可愛くないのはお互いさまでしょと笑った。








会いたい程嘘をつき





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