Veuve C licquot















古い友人が個展を開くというので招待を受けた。

いつもなまえが生活の拠点にしているような雑多な繁華街ではなく

少し小洒落た、土地計画法で定められた文教地区の端の小さな画廊で金曜の夜に開催された個展では

ウェルカムドリンクにシャンパンを用意するような、友人らしい個展だった。



「ありがと、来てくれて。」

「おめでとう。ヴーヴクリコじゃなきゃ来なかったけどね。」



いつもどこかへ絵具を付けて、髪も雑にしかまとめない友人でも

今夜ばかりはドレスアップしている。

なまえも会社を出る前にセクシーな黒のワンピースに着替えた。

シャンパンを持ち上げてなまえが軽口を叩くと、だと思ったと友人は笑った。



「大盛況じゃない、流石。」

「買って行ってくれてもいいのよ。」



新進気鋭の画家として彼女の名が売れ始めたのは本当に最近だ。

それまでの下積みが長く、険しかったことは知っている。

お互い厳しい東京の社会でもみくちゃにされ、無我夢中で走り続けた若い頃。

10年前の自分達が今の自分達を見たら、少しは人生に期待が持てただろうか

もしくは、逆なのだろうか。



「今日は、彼氏連れなの?」



なまえの横からひょいと首を延ばして友人が向けた目線の先には秋山が立っている。

壁に掛けられた大きな絵はこの中で2番目に高価な油絵だ。



「いけなかった?」

「ううん、なまえの彼氏じゃなかったら口説こうと思っただけ。」



友人が快活に笑うと、視線に気づいたのか秋山がこちらを向いた。

シャンパングラスを上げて挨拶に応じると、ちょうど友人が来賓に呼ばれてしまった。

またねと軽く挨拶をして別れた、最後に彼女に会ったのは気づけば数年前だった。



「絵画鑑賞なんて。」



色々と含みを持った声色でなまえが呟きながら秋山の隣に立つ。

彼は2杯目のシャンパンをもう半分も消費していた。



「絵は得意じゃない、どっちかというと人間鑑賞の方が楽しくて。」

「人間鑑賞?」



なまえが問いかけながら見上げると、秋山は意味深に笑った。

新宿のある意味インターナショナルで雑然とした街も似合うけれど、シックな雰囲気のある画廊さえ彼にはよく似合った。

どこにいてもしっくりと溶け込む、不思議な男だと改めて思う。

秋山は少し離れた所で談笑している、スーツ姿の小太りな来賓の男を目線で指した。



「あれは『あぁ、早く帰ってビールでも飲みたいなぁ』って顔だ。」



ぷ、となまえは静かに吹き出した。

確か政界関係の成金で、友人には絵画の感想を尤もらしく述べていたけれど

言われて見ればなるほど、そんな感じの顔に見えた。

なまえが笑いを堪えきれない口元をシャンパングラスで隠しながら顔を背けると

今度はあっち、と秋山が別の女を指した。



「『このバッグ何万もしたのよ、絵じゃなくてこっちを見てよ』って顔。」

「ふふっ。」



言われて見ればやっぱりそう見える、彼女はさっきから意味なくバッグを持ち変えている。

なまえは笑っているのがバレないようにそそくさと背中を向けた。

上目遣いで秋山を見遣ると、彼は満足そうに笑っている。



「その顔は?」



これ以上続けられたら敵わない、なまえは話の矛先を変えてみた。

シャンパンをちびりと舐めて、これはね、と彼は切りだす。



「絵なんて良く分からないけど、なまえの手前来てあげた俺って優しいでしょって顔。」



金曜の夜、食事でもと誘ったのはなまえだ。

その前に寄りたい所があるのと行先を告げずにタクシーを回した。

恋人の友人の個展なんて退屈過ぎて、先に知ったらきっとなまえだって断る。

なまえが自嘲気味に小さく笑って、ありがとと短い礼を言うと

もう一口シャンパンを飲んだ秋山が、今度はなまえの髪から靴までを真顔でじっくりと眺めた。



「その顔は何?」



皺があったのか、埃でも付いていたのか。

片手で軽く生地を引っ張りながら、なまえは覗き込むように問いかけた。



「すごく似合ってる、めちゃくちゃそそるなって顔。」



悪びれもせずにしれっと言って退けた秋山の肩を、クラッチバッグで軽く叩く。

するりと腰に回された腕を払いはせず、シャンパンをゆっくりと喉に流し込んで

並んで立つ秋山の胸に、そっと頭を預けた。









は口程に





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