静かすぎるのが嫌になって、テレビを点けたけれど別に面白い番組もなくて

品田は先ほどの火種になった雑誌をぱらりとめくった。

どこの風俗で新人がデビューだとか、どんなテクが喜ばれるかだとか

ありきたりでもはや性欲を刺激しない文言が躍る合間合間に

派手な化粧とほぼ全裸の女のピンナップが挟みこまれて居た。

牛乳を粗方飲んで、ぼうっとソファで雑誌を手繰りながら

なまえのことを考えた。



品田となまえ、どちらが悪かったのだろうか。

怪我をさせたなら申し訳ないが、別にちょっと痛い思いをした程度だ。

明日は休みだと、昨夜確かに言っていたのを聞いた記憶はちゃんとある。

仕事に関して、別にお互い言及したことはなかったけれど

なまえは品田の仕事を褒めてくれたことも、貶したこともない。

それ以前に品田の記事を読んだこともないはずで、なんて考えて居ると

ふと品田もなまえの仕事を詳しく見たことがないことに気が付いた。

褒めたことも貶したこともない、ただたまに『大変だねぇ』と見たままを言うだけで

なまえも素っ気なく、『そうだね』なんて返すだけだった。



「可愛くない、は、言い過ぎたかなぁ…。」



確かになまえは可愛くない。

きっと10人の男に可愛いかと問うたら、10人が可愛くはないというだろう。

切れ長の目も、きゅっとした唇もすらりとした顎も、可愛らしさとは程遠い。

男社会の中で揉まれ、立派に独り立ちした女の気の強さがにじみ出て居る目鼻立は

どちらかというと、綺麗系なのだ。

謝るべきか、いや、謝るにしても会話をする機会すら放棄したなまえの方こそ悪いはずだと品田がソファで悶々としていると

玄関の扉ががちゃりと開いて、間延びしたなまえのただいまぁ、という声が聞こえた。



「ただいまー。あれ、コーヒー飲まなかったの?」

「おかえり。早いね。仕事は?」



思いがけない早い帰宅に、つい弾んだ声を出してしまってまた口を閉ざした。

なまえはダイニングの上のほとんど空になった牛乳パックをつまみあげながら

苦笑いでやっぱり買ってきたらよかったと呟いた。



「銀行休みの日にまでそんなにやることないよ。」



ほら、お土産。となまえが手渡したのは東京駅に入っている有名なケーキだった。

甘い物が苦手な癖に、品田の好きな甘味は熟知していて

季節限定の新作らしいよ、なんて投げかけながら、コートをクローゼットに掛け終えた。



「食べるでしょ?コーヒー淹れようか。」



紙の箱を一度キッチンへ持ち込んで、テキパキと切り分けながらなまえが笑った。

そっと隣に付いていって、今度こそそのコーヒーメーカーの使い方を覚えてやろうと

ケーキのかけらをつまみながら、品田がなまえの所作を追った。



「…長押しかぁ。」

「は?」



あんなにうんともすんとも動かなかったコーヒーメーカーは、なまえにすんなり従う。

未来的な曲線のフォルムのコーヒーメーカーが自棄に生意気に見えた。

コポコポとゆっくり、ドリッパーにコーヒーが落ちる音がしていた。



「ごめんね。」



隣でまだ何やかんやと支度を続けるなまえの目を見ないまま謝罪をした。

女性にしては高い身長なのに、品田と並べばやはり背の低いなまえの頭にぽん、と掌を置くと

少し驚いた顔で振り返ったなまえの顔がへにゃりと笑った。



「いいよ、私も悪かった。」



すっかり良い匂いを立てるコーヒーを注いで、ケーキと共にダイニングに運ぶ。

いただきます、と手をあわせるなまえは育ちが良いことを伺わせた。

髪を耳にかけて、きちんと口に合わせたサイズのケーキをフォークで口に運ぶその顔は

確かに美人だけど、やっぱり可愛かった。



「見下してる訳じゃないからね、辰雄の仕事。」

「うん。」



原稿料が入れば、良かったねと言ってくれる。

二人で夜の街を歩く中、顔見知りの呼び込みが品田を呼び止めると嫌な顔をせずに

ちょっと離れたところで立ち止まってくれる。

日頃の感謝の代わりにと品田がケーキの上の苺をひとつなまえの皿に移すと

いえいえこちらこそ、とおどけながらなまえはオレンジを移した。



「でも、たまには妬かせてよね。」



言いながら照れたように笑うなまえが、ケーキに柔らかくフォークを刺す。

そういえば紅茶はどこに仕舞ったのかと問うと、此処よとなまえが開いた抽斗は

なぜそこを探さなかったのかと思う程身近に、自然にあった。








いつでも愛あ明日を






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