なまえちゃんについてるよ









何もすることが無くて暇な日曜日。

ぶらぶらと街を歩くのも面倒で、示し合わせたように3人でなまえのマンションを訪ねたけれど

本気で締め切り前だから、とスッピンで鬼気迫る表情のなまえにつまみ出されてしまった。

そのまま解散するのも何だか億劫で、仕方なく適当な喫茶店を探して歩いていると

後ろから、おい、と中年男性に声を掛けられた。



「おいお前ら、白昼堂々良いご身分だなぁ。」

「うわ、伊達さん。」



大吾が思いっきり眉間に皺を寄せた。

伊達は刑事に復職してからというもの、大掛りな事件以外では接触してこないが

桐生とつるんで昔の大吾のことをなんやかんやと冷やかすのがとても苦手だ。

同じく眉間に皺を寄せる峯の隣で辰雄が、俺もかよ、と少し困っていた。



「珍しいじゃねぇか。お守りもねぇのか、今日は。」

「極道にだって、たまには休みもありますよ。」



すぐ傍に喫茶店を見つけて、方向転換を図った瞬間だったのが目についたのか

何故か伊達が3人を店へ急きたてて、一緒に入店した。

見張りが要るからとか、なんか情報ねぇかな、とか色々呟いていたけれど

昔っから結局気の良いオッチャンなのだ。

特にすることもないし、別に断る理由もないしと大吾と峯が素直に入店するのを

辰雄は最後まで渋っていたけれど

大吾の「奢りだそうだ。」の一言で、誰よりも先に席に着いた。



「また何の悪さしようとしてたんだ。」

「別に、友人の家を訪ねただけです。」



アイスコーヒーを飲みながら、軽食が出てくるのを待つ間に伊達が問う。

その目は取り調べの刑事というより、昔馴染みの近所のおっちゃんのような

そこはかとない優しい視線が漂っていた。



「あぁ、あの女か。」

「身元割れてるんですか。」



峯が問うのを、煙草を挟んだ手を振りながら伊達が制した。

気にするな、とでも言いたげな仕草だった。



「割れてねぇんだよ、それが。」



その一言に、3人は少し安堵した。

なまえがただの一般人には変わりない。

ちょっと極道の大幹部とエロライターと交流のある、普通の会社員だ。

普段散々迷惑をかけている癖に、自分達のきな臭い事情に巻きこむのは正直避けたかった。



「あのネェちゃん何者なんだ。」



東城会の幹部連中の名前を知って居て、彼等に名前を知られて居て

会長や直参組長が家に入り浸っていて、しかもたまにそいつらを怒鳴って放り出す。

前科もないので警察に大した情報がある訳でもない。

伊達は正直かなりいかがわしい目でなまえを見ている節があった。



「別に、普通の社会人ですよ。」

「嘘だろう。」



大吾がコーヒーを再び口に運んだ頃、軽食が運ばれて来た。

オムライスやカレーライス、サンドイッチ等喫茶店らしいメニューが並ぶ中

品田の前にだけ3品くらい置かれていた。

溜息を吐いた伊達が一瞥すると、嬉しそうに食べる品田を尻目に

その代わり情報提供を頼むなと念を押した。



「普通の社会人の家に、どうしてお前らみたいなのが入り浸ってんだ。」

「オカンが居ないから。」

「ゲームがあるから。」

「鍋があるから。」

「中学生かよ。」



伊達が取りだした手帳にペンで何やら書き込みながら呆れた顔をする。

別にやましいこと等ひとつもない、3人は黙々と軽食を食べていた。



「どういう奴なんだ、そいつは。」



掴みどころがなくて伊達が切りだしたざくっとした質問に、3人は少し考え込んだ。

どうせなら仲良しの桐生にでも聞けば良いのにと思ったけれど

桐生からは「いい奴だ、うん。いい奴。」としか返って来なかったらしい。



「いい奴だよな、変な奴だけど。」

「えぇ、変ですけどね。」



伊達が手帳に何かを書き込んだ。

今のキーワードで何を得たのかは、知らない。



「恋人とかは居ねぇのか、そいつに。」

「居るわけないじゃないですか。」



自信満々に峯が答えたのに、なんだか遣る瀬無くなって3人は溜息を吐いた。

恋人を作る気はあるのに、一向に男にモテる片鱗もないなまえを見ていると

なんだか哀れになってきたりする。



「なんだそいつ、不細工なのか。」

「不細工じゃないと思うけど、モテるタイプじゃないねぇ。」

「気ィ強いからな。」

「あと変だからな。」



再び伊達が手帳にペンを走らせる。

間違いない、手帳の上には『変』のゲシュタルト崩壊が起きつつある。



「他になんか、情報ねぇのか。」



うーん、と唸りながらカレーライスを食べ終えた品田がスパゲティに手を伸ばした。

バランス良く食べろよと大吾が窘めるのに

そういう意味じゃない、と峯は心の中で突っ込んだ。



「夢は、ポケモンマスターだって言ってた。」

「あぁ。あと好きなタイプはダースベイダーだっつってた。」

「なぁ、伊達さんの周りにそんな奴居ねぇかな。」

「居ねぇよ。」



公務員にアナキンが居てたまるかよと思いながら、伊達は手帳を畳んだ。

麗らかな日曜の午後に、中年が3人集まって一人の女の話をしているのに

会話の内容は何かの暗号のように取っ掛かりがない。

心底変な奴だということだけは、判明した。



「しょうがねぇな。家宅捜索の令状取って、今から職質でもしてやろうか。」



一向に埒の開かない、彼等のなまえの説明に業を煮やして

煙草をもみ消す伊達に3人が青い顔をしながら「今は止めた方が良い。」とハモる。


変な奴で、それに怖いらしいということだけを書き留めた手帳を、

ちらりと盗み見た谷村が「あ、なまえすか。」と呟いたのはそれから3日後のことだった。











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