学園生活File:0
桜がぼちぼちと咲く季節。
入学前の学生が下見と共に訪れる場所は、寮。
それなりに有名校でもあるそこへなんとかギリギリのラインで合格印を勝ち取ったユーリも例外ではなく、面倒ながらも朝から部屋を確認しに来たわけなのだが。
「けっこー古いな…」
さほど広くはない廊下。
適度に煤けた壁。
大した事は書かれて無さそうな掲示板。(献血のチラシが貼ってある)
古すぎず、しかし新しくもなく、夜には何か出てきそうな雰囲気はある。
ついでに、新学期前の長期休暇で生徒は殆ど居ないようだ。
「305、305っと…」
寮管理人(…の孫っぽい)から受け取った鍵に付いている小さなプレートに記されたのと同じものを探して、見つけた扉。
ガチャ、バタン。
開いて閉じて。
「…ん?」
そして気づく。
玄関に並んでいる一足の革靴。
見間違いでなければ、学校指定のもの。
前の部屋主の忘れ物か?それとも新入生の為に用意された物か?え、ついこの前制服と一緒に買っちまったぞ、なんて。
困惑する脳内を余所に、ユーリの背後で先程と同じ音が響いた。
ガチャ、
鍵を突っ込む音。
そして、
『ん?』
扉の向こうから小さく響いた声。
よくわからないが、この状況は何かマズイ気がした。
ガチャ、と再び扉が開き、ユーリがおそるおそる振り返った先にあったのは、明らかに不審者を見るような──紅い眼。
「・・・」
「・・・」
ああ、誰だこの美人。…なんて。
軽く現実から離れそうになったユーリを呼び戻したのは、男か女か微妙なラインの目の前の人物が徐にポケットから取り出した──携帯。
「ちょっ、ちょっと待て!タンマ!」
「っ、何するんですか離れなさい!」
思わず掴み掛かったユーリに、当然相手は抵抗を示す。
不可抗力(あくまで不可抗力だ)で触れてしまった胸の辺りにそれらしき感触が無かったことから、男だな、と頭の隅で認識しながらも相手の腕と携帯を掴んだ。
「あんた学校に連絡するつもりだろ!」
「いいえ、警察です」
「余計ダメだっつの!!」
入学早々警察沙汰になってたまるか、と力ずくで相手の動きを止めた。傍から見ると明らかに部屋の住人を襲っている図だが、この際気にしないことにする。
暫く後、幸いにもユーリの方が腕力が勝っていたおかげか、漸く大人しくなった(大人しくさせた…か)相手にかくかくしかじかと事情を説明し、なんとか場は収まったのだが。
「あなたが持っている鍵は、合鍵ではないですか」
「へ?」
「これが、この部屋の本鍵ですよ」
チャリ、と掲げられたのは確かに同じ形の鍵で、同じ番号の振られた自分のよりちょっと立派なプレートと、ついでにブタのようなウサギのようなキーホルダーがぶら下がっていた。
「…どういうことだ?」
「大方、あの自称管理人が間違って渡したんでしょう。全く迷惑な話です」
ああ、あの管理人やっぱり管理人じゃなかったんだな、とかぼんやり考えて。
「手、放してもらえますか?痛いです」
「! わ、悪い」
思わず強く握ったままだった片手首に気付いて、慌ててそれを解放すると少し距離を空けた。
今更になって、やたらと近かった距離や男にしては甘い匂いや細い手首、自分より少し高い身長だとか吸い込まれそうな紅い眼だとか、ここが相手の部屋だとか。そんなことにやけに意識を持っていかれて、なんだか居たたまれなくなる。
「いえ。こちらも問答無用で通報しようとした事は謝りますよ。…しかし理解したならさっさと出て行ってもらえますか?ああ、合鍵はちゃんとあのガキ…いえ、管理人、に返してくださいよ」
「はぁ」
綺麗な顔して結構キツイ。
なんてのはどうでもよくて。
「あんた、名前は?」
「は?」
「なまえ」
今度は少し呆気にとられた顔。
ちょっと可愛い。
「…ジェイド、ですよ。新入生さん」
「あ、悪い。オレはユーリな。…その、勝手に入って悪かった。じゃ」
「……」
「ユーリ」
「ん?」
「入学式が済んだら、また来なさい。不審者と間違えたお詫びに、お茶くらいはご馳走しますよ」
にこり、笑って。
扉の閉まる音がやけに響いた。
後からもう一度確認しに行ったところ、ジェイドの言う通り、自称管理人とやらが鍵を間違えていたらしい。部屋はひとつ下だった。
「…ジェイド、か…」
漸く辿り着いた自分の部屋。誰となしにぽつり呟いたユーリの手の中で、"305"と書かれた鍵が、ちゃり、と鳴いた。
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出会いの、春。
ユーリさんそれ犯罪です
制作 H25/08/20
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