「今日は待ちに待ったバーベキュー大会だぞ〜!」
『イェーイ!』
「イェイイェーイ!」
「なんでなまえまでいるんだよ」
「私がいたら悪いのしぶ鬼」
「折角の肉が不味くなる」
うえっと舌を出し顔をしかめそう嫌味を言うしぶ鬼にあわせふぶ鬼やいぶ鬼もうえ〜と言う。んま〜可愛くない子!お前らなんか焦げたキャベツばっか食べてろ!それでガンになってしまえ!
「はいはい、そこの四人。喧嘩はやめて炭熾しますよ」
山ぶ鬼にどうどうと宥められ私たちは一時休戦し炭を熾すことにした。
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ドクタケ城から少し離れた河原で行われるバーベキュー大会にはドクタマたちと彼らの教師である魔界之小路先生と黒戸カゲ先生に加え私が参加している。黒戸カゲ先生と私と山ぶ鬼は野菜を切る係でクソガキもといしぶ鬼たちはお米を炊く係だ。魔界之小路先生は火を熾している。
「先生!野菜切れましたー!」
「ご飯も炊けましたー!」
「よーし、では肉を焼くぞー!」
『ワーイ!』
金網の上でじゅうじゅうと食欲をそそる音を立てながら火が通っていく上質なお肉を前にし、私の腹の虫はぐうぐうと鳴いた。早く食べたい。
「もういいでしょ」
まだ赤い部分の残った肉を箸でつまみお皿にとると周りから『アー!』と言われた。
「フライングだぞ!」
「ずるいずるい!」
「うるさいなー、私は生焼けが好きなんだよ」
ぶーぶーと文句を垂れるふぶ鬼といぶ鬼を横目に私はたれをつけた肉を口にいれた。うん、美味しい。やっぱレアが一番。
「生肉ばっか食べてると腹下すぞ」
「へへーん、しぶ鬼と違って私は丈夫なんだよ」
「なんだとー!」
「あ、これもいただき」
子供たちに全く肉を譲らない私を見かねて黒戸カゲ先生が「女の子ならお野菜も食べなさい」とおっしゃった。そう言われては仕方ない。この人参でも食べるとするか。
金網の隅のほうで焼かれていた人参を口にしたがまだ半生だったらしくガリっとした音がした。不味っ。
「はいしぶ鬼。半生だったからあげる」
「うげえ!そんなばっちいもん寄越すなよな!」
「ばっちいとか言わないでよー。じゃあいぶ鬼かふぶ鬼いる?」
「いらない」
「同じく」
「ちぇっ!なんなんだよう!食べ物を粗末にしたら駄目って教わらなかったの!」
「じゃあなまえが食べたら?」
「おう、山ぶ鬼ってばクールすぎ……っうっぷ」
やばい、生肉食べ過ぎた。
口を抑えて胃からこみ上げてくるものを堪えているとドクタマたちに「うわ、ここで吐くなよあっちいけよ」と優しさの欠片もないことを言われた。
「おえっぷ」
「あー、出来るだけ離れて吐いてきなさい」
魔界之小路先生まで……。くそう、みんなして私を苛めて楽しいのか。
憎しみと吐き気を抱え覚束ない足取りで川の下流へと向かう。あー気分悪い。吐きそう。いや、今現在進行形で吐きに行ってるんだけどね、ほら、歩くことによって胃が揺れてね、おえっぷ!
「も、もう我慢ならん……」
ここまで離れたら大丈夫だろ。寧ろ離れすぎたんじゃね?ってぐらい川下に来てるし。
「うう……」
さあて思う存分吐瀉るぞ!と意気込んで俯いたはいいものの、これが私の意に反して(胃なだけにね!)中々出てこない。
おら、吐いちまえよ。楽になるぜ?今の私にこれほどピッタリな言葉はないと思う。
とにかく、吐きたい。
「大丈夫ですか?」
「ぅ……?」
いっそのどちんこを引っ張って無理矢理吐こうかと思ったとき、後ろから聞き慣れない声がしたので振り返ってみるとこれまた見慣れない忍装束を着た私と同い年くらいの男の子が心配そうな顔をして立っていた。え、誰。
「どこか具合でも?」
「ぁ、は、吐きそうで吐けないんです……」
「食べ過ぎか何かですか?」
「ハハッ……お恥ずかしながら」
「……ちょっと待っててください!」
そう言って颯爽と山の中に消えていった謎の青年。残された私はぽかんと口を開け阿呆みたいな表情をしている。
がしかし、青年の言葉通りちょっとしたら彼は何やら薬草らしきものを抱えて戻ってきた。
「この薬草は胸焼け、食べ過ぎに効果があるんです」
手際よく川の水で薬草を洗いながらそう教えてくれる青年に、私はそうなんですかと何の変哲もない言葉しか返せなかった。それにしてもこの人は一体何者なんだろう。どこかの城の忍者だろうか。ひょっとして、タソガレドキ…?だとしたら本当に勘弁してほしい。
そんな心配をする私をよそに薬草を洗い終えたらしい青年はよし、と言って薬草についた水滴を払い
「はい、どうぞ」
と春の麗らかな陽射しのような温かく爽やかな笑顔で薬草を差し出してきた。え、このまま食べんの?
「えっと、た、食べるんですか?」
「あ、茎の部分は苦いのでこの黄緑の葉っぱの部分をオススメします」
いや、そういうことを聞いてるんじゃなくて!
私に馬や牛のようにそこらに生えてた葉っぱを食えってか!ああそうですか!
ええい、こうなったらヤケクソじゃい!
「モシャモシャ」
青年から薬草を受け取り、口に含んだ瞬間、口内に薬草特有の苦味が広がり思わず顔をしかめてしまった。ゲロマズっ。
「モシャモシャモシャモシャッ…ボハッ!」
「ああ!そんなに慌てて食べたら駄目ですよ!」
薬草に咽せる私の背中を優しくさする青年の手は案外大きく温かい。ってそうじゃなくて、もういいかな?こんだけ薬草食べたらもういいよね?なんかさっきより気分がよくなってきた気がするし。
「ふう、だいぶ楽になりました」
「それはよかったです」
あ、本当に楽だわ。吐き気は遠い空の彼方へ消えていったみたい。ウヒョーイ!でもしばらくは肉はいいや。今は肉を見ただけで気分が悪くなりそうだもん。
「名も知らぬ御方、有り難うございました。あ、私、みょうじなまえと申します」
「僕は善法寺伊作といいます」
「伊作さんですか。このご恩は必ずや返しますね」
「そんな…僕が好きでやっただけだから構いませんよ」
恥ずかしそうに頭を掻きながら笑う善法寺さんは忍者にしては優しすぎるけど、人としては立派な人物だと思う。
ドクタケにも一人くらいはこういった優しさの化身のような人物が必要なのではないだろうか。
「では、僕は実習中ですのでこれで」
善法寺さんはお大事にと言ってさっと姿を消した。
ああ、なんていい人。将来嫁ぎに行くならあんな人がいいな。
「あ、名前聞いたはいいけど、どこの人だったんだろう」
しまったーと思ったけど時すでに遅し。もし偶然会えたらその時またかねてお礼をしよう。