足に包帯を巻いた。
 別に怪我をした訳じゃない。本当に怪我をしたのは腕。だけど何と無く、何と無くしてみたくなった。


「彼は帰ってこないわ。」


 近寄る彼の友達。
 黄色のふわふわな羽にきゅるんとしたおおきな目。嘴でツンと爪先を撫でられた。


「わたしじゃないの。」


 瞼を伏せて鞄から取り出す。淡い桃色と空色のビン。14歳の誕生日のとき無愛想な顔には不釣り合いな真っ赤な耳の彼からもらったもの。

 きゅぽ。

 詮を抜いて中身を手の平に撒いた。ヒバードはお腹がすくと必ずしも爪先を撫でる。そのことを彼よりも先に気づいたことに優越に何度浸ったことだろうか。「ましてやあなたでもないのよ。」呟くと静寂と嘴がとまった。


「……ちょっと無いことを色々吹き込まないでくれる?」


 振り返るとその声の主は窓際にいた。漆黒のスーツから匂う微かな甘ったるいコロンの香にまた瞼を伏せる。ちいさな鳴き声が鼓膜を震わす。
 わたしだってなきたいのに、


「恭弥なんかに涙を見せたら負けになるの、泣きたくないの、」

「……君、話わかってないよね。」

「わからなくてもいいわ。」


 白いワンピースに右手で皺をつくる。


「だってあなたがいなくたって生きていける。」


 甘えるばかり、の、人生は駄目だ。


「あなただってそうよ。」


 あなたがいては甘えてしまうから。


「別れるの。」


 わたしじゃない誰かがいるんでしょう?ならそれだけ。これが結果。


「……一応、それ、食べてもいい?」


 話を裂いたのは彼。わたしの真正面にある果物が盛りに盛られたカラフルなかたまりを指差す。
 なにも喋らずにフォークと取り分け皿を横に添えた最後くらい、なんて。
 あまい。結局甘くなってしまった。ケーキも――わたしも。


「美味しい。」

「思ってないくせに。」

「パーティーの薬浸けのケーキより美味しいよ。」


 ぽつりと軽々しく吐いた言葉。いま、彼は、なんと言ったのだろう。思わず耳を疑う。


「っ、た、べた、の?」

「うん。誕生日なのに病院行き。」


 ふわり。微笑を浮かべる。なにが可笑しいのかわからないけど、どうやらわたしはとんだ勘違いをしたようで。


「おかげで彼女に別れ話されるし、」

「……」

「まったく、ある意味最悪の誕生日だよ。」


 何も言えなくなった。視界が真っ黒に塗り潰されたみたいに。

 でも、だってしようが無いじゃない、ずっとずっとこの日が待ち遠しかった。ボスから受け取った書類は徹夜してまで仕上げて、そのあとは寝ないで京子ちゃんから借りたケーキの作り方の本とにらめっこ。
 毎週なにがなんでも必死に見ていたドラマだって録画する隙なんてなかった。
 それくらい、それくらい、想って、いて、


「あなたが、恭弥が、他の女の人といるんじゃないかって! わたしを棄てて、幸福になるなんて赦せなかった!」

「だから僕を棄てた?」

「っ、そうよ。でも違った、わたしは訳も聞かず解釈をして、たった今棄ててしまったの。」

「……それは残念だね。」


 フォークが音をたて、沈黙を深める。背が見えた。彼は長身でスラリと伸び、華奢ながらも筋肉はあって、羨ましい程に顔立ちもいい。いつもより大きく見えたそれは遠ざかる。なのに、大きすぎて、目尻にじんわりと温かなものが浮かび、視界を歪める。

 仕方ない。不安定な脳に鞭を打ち、振り返るとヒバードは、居なかった――わたしは、ついに、ひとりぼっちになった。


 泣き疲れて眠ったわたしのひとりぼっちの筈だった朝にはボスがいた。微笑んで窓からの朝日に当たり、きらきらひかる蜂蜜色の髪が映えて綺麗。また任務か書類かと苦笑するが、頑張ったご褒美だよ!と、3日間の休暇をくれた。

 やっぱり優しい。ボスはわたしにぽかぽかあたたかい気持ちをくれる。でもすぐ曇った。だって彼がいたなら彼と過ごしたであろう3日間。少し妬ましかった。
 そんなどうしようもないわたしの前には何故か彼が居て、ボスはいつの間にか居なくなっていた。それだけで頭が変になるくらいぐちゃぐちゃに掻き混ぜられる感覚にぞわりとする。


「ねえ、凪」
「な、に。」
「僕を拾ってくれないかい?」


 ――拾ったらもう一生返品不可だけど。

 微かに、じわり。込み上げた涙はあの日枯れたものだと思ったのに、込み上げた。
(あ、つい、あつい。)


「!……ひっぅ、うああ、」


 わんわん声を荒げて泣くわたしはこどもみたいだった。わたしは17歳。まだ成人もしていない、年頃の女の子で、不安定な時期。いちばん現実と夢の境界を踏み分けないといけない時期でもある(実際この包帯だってそんなところだ)。言いたくないことだって言ってしまう。言いたいことは言えなくなってしまったけれど。





Seventeen Girl.
我が儘で、気まぐれで、難しい年頃。抱き着かれて、思わず抱き着き返したわたしは幸福で満ちていた。彼は意地悪だ。わたしがもう棄てる筈ないとわかっているのに。


「あなたの他に誰がいるの、」









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