「これ、あげる」
魔法がかかってるんだ、俺の。素敵すぎて甘すぎて泣けるでしょ?
なんて、口角をにまりとあげて憎たらしく微笑む綱吉くんに僕はすらりと伸びた脚を背中に一発お見舞いした。咳込み小さく縮こまる姿に満足し、貰ったそれを口内に放り込む。
からり、ころり。
すぅっと鼻から抜ける香。
薄荷のドロップだった。
「僕、薄荷苦手なんですけど。」
小学生みたいな嘘に騙された。口に手を当て、鼻から抜ける度にぴりぴりとした香に必死に耐える。
――昨夜、滅多に鳴ることのない携帯電話が鳴った。
着信を表すディスプレイには沢田綱吉と表示されていた。仮にも自分が属しているボスだと言い聞かせて渋々と通話ボタンへと指先に力を込める。が、途端、スピーカーから聴こえたけたたましい声に嫌という程に鼓膜が震えた。
(毎度毎度、騒がしいボスだ。)
「辛いものは苦手なんです。」
「あと薄荷もきらいなんだろ? それで、あまぁいチョコレートがすき。」
「あの、薄荷の話なんかしてませんが……。」
「んーそうだっけ?」
昨日の夜、電話で話したばっかりなのに忘れるなんて失礼じゃん、ね、骸。
綱吉くんのこの言葉で結局話は辻妻が合うことはなく適当に笑って、流された。そのあとパーカーのフードを被り、僕に表情を隠す形となる。
電話の用件は、そんなに大したことのない質問ばかりだった。好きな食べ物と苦手な食べ物、それに今何してる、だとかしつこい電話は1時間にも亙り、挙げ句の果てに、翌日、苦手とするものを(言った覚えはないのだが知っていたとすればの話、で)故意に与えるなんて馬鹿げてる。
胸の内で毒を吐き、眉間に皺が寄る。堪らず僕はちいさく奥歯を噛んだ。
がり、がりり。
噛む度に舌が痺れる。早く飲み込んで終おうとまた砕く。
がりり、がり、り。
夕焼け空に響く音に虚無感を抱いた。ぽっかりと心だけ取り除かれた感じ。僕は気づいた。いつのまにか頬を伝っていた生温い液体に。
僕は、何か、大事なことを忘れている。
とても、大事な、何かを。
そんな気がしてならなかった。
ぐにゃり。
焦点が擦れる感覚に、ひゅっと息を吸う。冷や汗と共に伝う涙。
あまりの居心地の悪さについに耐え切れずに声をあげて泣き出した僕に、綱吉くんはびくりと肩を揺らした。初見だったからだろう。弱気な僕は知っていたが、ここまで弱っている姿は見せたことは一度も無かった。
「骸、落ち着いて。泣かすつもりじゃあなかったんだ。」
「嘘っ、嘘だ!」
「俺逢ったことあるんだ。4歳、いや、5歳くらいだったかなあ? まだ骸の瞳が蒼い頃だったから忘れてると思うんだけど。」
逢ったことあるんだ。
やんわりと宥めるかのように響く綱吉くんの声。
「今の骸みたいに泣いてたら、空から飴が飛んできてさ、びっくりして見上げたら木の上に男の子がいた。」
「……」
「そうしたら、ハズレが当たったんです、なんて笑ってね。急に降りてきたかと思ったら俺の口へそれを無理矢理放り込んだんだ。」
これが俺と骸の初めての出逢い。甘いもの好きの子供に薄荷のドロップだよ。酷いものだよね、まったく。
やっとフードを下ろした綱吉くんはふにゃりと眉を下げて微笑んだ。やっと表情が見れたのに僕の不安はまだ取れていない。
だってその表情は曇っていた。どこと無く哀愁染みた微笑みに、泣くのは自分では無いと悟った。けれどとまることは無い。えぐえぐと嘔吐しそうになる程泣いた。
そんな僕の姿に綱吉くんは鞄からペンを取り出して僕の手のひらに何かを書き出した。擽ったい感覚にぴくりと指先が反応する。「もういいよ」と終わりを告げると同時に何かを握らされ、きょとり。ゆっくりと開くとまた泣き出してしまった。
(言葉が、どう頭を捻っても、見つからない。)
不器用で素っ気ない如何にも慣れない字で「Buon Compleanno!」と書かれた手のひらに、ちょこりと乗ったちいさなチョコレート。
本当にこれにはどうしようも無かった。必死に涙を拭い、空を見上げる。ぼやけた瞳に映る空は、橙に染まっていた頃の跡形は残っておらず、ただ暗闇の夜空に星がひとつふたつと瞬いていた。
「今の骸がいればそれだけで、…――誕生日おめでとう、骸」