「アホ女、」


――何処かにぼぅっと穴が開いた。ゆっくりと眺めるのは濁り淀む雲ばかりの天。雨、なんて。そう嘲笑う彼女は俺の手の平にある鉄の塊に手をさしのべた。直ぐさま力を抜く。彼女の求めたものは重力によって落ちていった。時にそれは日常的に使っているとは云えども凶器と化することもある。易々と手離すものではなかったか。後悔しても俺の手の平から、もう彼女の手の中へと導かれるように存在感を増し、握り込まれた。


「ツナさんは笑いました。天を見上げ、愛しい人をも見上げ」


血を吐かれました…所謂、吐血っていうやつですね。――えへへ、苦笑混じりに口角を上げる(無理矢理すぎるだろ)。誰にも頼らず唯一の親友にも口を訊くことはなかった真実。でも誰もが知っていた真実。彼女、いや、ハルは本気で沢田綱吉を愛していた。気付かなかったのは愛されていた当人くらいかもしれない。


「何もかも初めてだったんです」
「……」
「こんなにも必死な恋愛は」


ハルの髪はこの十年という歳月を感じさせる程に伸びていた。十代目の奥方、笹川京子と同等なくらいで今では後ろ姿はそう変わりはないと思える。だが、それも今日で終わり、終幕を迎える訳だ。

勿体無い。

何度思ったことか、けれど、十代目は髪の長い女性を好いていた。それを理由に伸ばした髪。共に笹川京子の髪も伸びていった。決して悪気は無かったであろうが、皮肉にもハルは「お揃いですね」と笑っていた。残酷、酷だけれどもそんな言葉がよく似合う。まだ我慢する癖が抜けないらしく、もう目的を失ったそれは何の意味もないただの重荷にしかなっていなかった。


「獄寺さん、切ってください」
「……どうなっても知らないからな」
「器用だから大丈夫ですよ」
「あ、そ」


先の尖った鋏がハルの胸の前に、そして俺に柄を向ける。今にも泣きだし、その刃で突き刺すのではないかとまた乱心する。後ろ向けよと投げやりな声で一気に奪い、鋏から遠ざけた。
そこにあった適当な少し厚めのシートを取り肩に掛けてやり、霧吹きは辺りを見回し在ったか無かったかと頭を駆け巡らせていると「私の部屋のシャワールームにありますよ」と言われ、自室を抜ける。わざわざ3階上(しかも厭味のような一番隅)のハルの部屋へと取りに行った。早く行けたとしても往復で10分は掛かる、それ程広いのだ、ボンゴレの屋敷は。そして息を切らして帰って来る頃には疲れたのか、雑誌を広げ正常な寝息で、くたりと寝ていた。生きていることに安心する。


「ったく…アホ女が」
「………つ な、さん」
「なんだよ寝言でも十代目かよ」


本当に好きなんだよなあと、鋏を再び手に取ると、何とかぐらつく首を支え、ブラウンの髪を透いていく。パサリパサリと落ちてゆく乾いた音に涙が出そうになった。未熟な自分に、失恋したのに喜んだ自分に、それでも諦めれない厭な恋心に。対処しきれない失望感。


「悔しいから俺好みにしてやる」







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