ハレム企画 外伝(名前変換) | ナノ
=后と王の娘=


青く固い蕾は"寵愛"という名の養分を注がれ、ゆっくりと膨らみ、やがて鮮やかに咲き誇るだろう。此処は幾多の艶やかな花たちが競い合い、咲き乱れる匣庭――王の後宮、ハレム。

咲き急いだ花は手折られ、そして人知れず枯れていく。かつては真っ白なドレスを纏った寵姫が熱心に手入れをしていた中庭の花たちも、今は後宮内の侍女が代わる代わるに世話を続けるだけ。


「**様、棗の蜂蜜漬けはいかがですか?」


この世に生を享けてまだ間もない王子をしっかりと腕に抱きながら、目の前の緑豊かな中庭を見つめ物思いに耽る**へ声を掛けたのは、彼女の忠実なる侍女ベロニカだ。


「まあ、甘くて美味しそうね」
「ええ、滋養にもよろしいですよ」


その棗は王の側近から今朝差し入れられたものだった。こうして時折届けられる果物や絹織物、美しい宝石が散りばめられた装飾品は、**の好物や好みに適ったもので。そのどれもが、以前よりもずっと柔らかな笑みを浮かべるようになった彼女を、とびきり嬉しそうに微笑ませた。

せっかくの棗をゆっくり味わってもらおうと、両手の塞がった**から慎重に王子を抱き上げようとしたベロニカだったが、それはすぐに彼女自身の手によって遮られる。


「大丈夫よ、少しでも長くこの子と一緒に過ごしたいの」
「…失礼致しました。では何か入り用でしたら、お呼び下さいね」
「ええ。いつもありがとう、ベロニカ」


片手で器用に抱きかかえた王子をあやしながら、微笑む**から滲み出るのは――底つくことを知らぬ溢れんばかりの温かな母性愛と、芽生え始めた后としての矜持。その姿を微笑ましく見守りながらベロニカは深く腰を折り曲げ、一礼してからその場を離れた。



*****



その名に相応しい優美な仕草で、棗を口元へ運ぶ**。一口運んでは目を細め、腕の中の王子を愛おしそうに見つめる。そんな母へと紅葉の手のひらを伸ばす幼き王子も、降り注ぐ愛情を一身に受け無邪気に笑った。

砂漠を統べる大国を担っていく王子と未来の王太后といえど、こうして穏やかに過ごす時間だけは、へその緒を通じてかつて繋がっていたただの母と子である。

そんな二人の姿を、大広間の柱の影からそっと覗く小さな人影があった。
ふいに注がれる視線に気付いた**が、辺りを見渡せば。


「ナーシサス様…」
「…っ、ご、ごきげんよう」


王と亡き正妃の間に生まれた王女、ナーシサスの姿があった。**と目が合うと気まずそうに視線を彷徨わせ、小さな声で俯きがちに挨拶を告げる。すぐに踵を返そうとする彼女を引き止めたのは他でもない、**自身だった。


「…棗の蜂蜜漬けは…っ、いかがですか?」


**は、日に日に亡き正妃アイリスに似てくる少女のことがずっと苦手だった。

この少女のように幼い頃からずっと、その背を必死に追いかけても振り向いてはくれなかった王が、大切にそばへ置いていた女の面影。それを色濃く映すナーシサスに、どのように接していいのか分からなかったからだ。

少女に罪が無いのは分かっている。愛する男の血を引く、慈しみ敬うべき存在だということも。しかし頭では理解出来ていても、王からの愛情を渇望する心がそれに従うことを拒むのだ。それ故これまで、どこかその存在から目を逸らしてきた。


「い、いえっ…わたくしは…」
「甘くて、美味しいですよ。元気が、出ます…」


だがこうして母親になってみて、**は初めて気がついたのだ。精巧な人形のように愛らしくはあるけれど、どこか心が此処に宿っていないかのような…そんな、少女の中に潜む孤独に。


「………」
「さあ、こちらへどうぞ」


どうしたものかと逡巡するナーシサスの背を押したのは、**の腕の中できゃっきゃと声を上げる小さな命の存在だった。おずおずと歩を進め、豪奢な絨毯の上へぺたりと座り込んだナーシサスに、**が小さく微笑む。


「…いただき、ます」


差し出された棗の器にそっと手を伸ばしながらも、ナーシサスの視線は腹違いの弟である腕の中の赤子へと注がれていた。彼女が慕う叔父から時折贈られる絵本に登場する"赤ちゃん"は皆からの祝福を受け、この世に生を享けていた。この赤ん坊のように。

赤ん坊は皆、望まれこの世に生まれてくるのだろうか。だとしたら、私はどうなんだろう?――ナーシサスは目の前の赤ん坊に自らを重ね合わせながらも、どこか持て余す想いを抱えて静かに俯く。


「ナーシサス様、我が子を愛おしいと思わぬ親はおりませんわ…」
「……え…?」
「わたくしなら…たとえこの肉体が無くなったとしても、子を想うこの心だけは…消えずにずっと留まるでしょう」
「とど、まる…?」
「ええ。此処、に…」
「こ、こ…」


**の白くほっそりとした手が、そっとナーシサスの左胸に触れた。とくんとくんと脈打つ心臓は温かな熱を放ち、父と母から与えられた少女の命が、今此処で息づいていることを懸命に伝えてくる。


「ロー様は多くは語らぬ御方ですが、ナーシサス様のことを大切に想ってらっしゃいますわ」
「た、いせつ…」


穏やかに、けれど力強く頷く**の言葉に、まだまだ幼さの残る大きな瞳をぱちりと瞬かせた少女は、一呼吸置いた後にはにかむように小さく口端を持ち上げた。

初めて目にする少女の年相応の愛らしい笑顔に、**もまた初めて彼女の前でその顔をほころばせたのだった。


*****
「后と王の娘」
  (written by 小鳩/slow pain)


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