ハレム企画 未来の物語(名前変換) | ナノ
=陽光の輪舞曲(ロンド)=


**は、王の寝室へと続く回廊を足早に歩いていた。王の気紛れは今に始まったことではない。夜もとっぷり暮れた頃に突然のお召しなどという事態も決して珍しいものではなかったが、今は真夜中だ。ハレムが出来てこの方、王に仕えてきた彼女ではあったが、このような時間のお呼びは記憶にはなかった。

きっと、自分の前に呼ばれた女が何か粗相でもして王の癇癪を誘ったのだろう。**は常日頃から手入れを怠らない自らの習慣をこのときほど感謝したことはなかった。最近はどういうわけか"あの女"を見ることもない。教養のなさが露呈して、そろそろ寵愛の薄れた頃なのだろう。人知れず胸を撫で下ろすと、彼女は一つの扉の前で大きく息を吸い込んだ。

扉が閉まると付き添いの侍女は居なくなる。いつも、そのことを喜ばしく思う彼女だったが、今晩は違った。彼女が来たとき、ついぞベッドから身を起こしていたことのない王が、今日は部屋の真ん中で立ち尽くし、じっと窓の外を見遣っているのだ。

「お、王、ただいま参りました」

彼女の言葉にも振り返ることはなく、王は新月の空を眺めるばかり。ただならぬ様子に思わず一歩近づいた彼女は、王からの目線をもらったと同時、二歩下がる。どんなに鋭くとも、どんなに企みに満ちていても愛しい瞳だったはずなのに、今日は何かが彼女を慄かせたのだ。
王は無表情のまま歩を進め、彼女の腕を掴むと、乱暴にベッドに突き飛ばした。閨での戯れに手酷く抱かれたことは幾度もあった。だが、今日の"これ"は。**は本能的に身を起こそうとするが、王がそれを赦さない。片手を喉元に置き、何の色もない瞳で彼女を見下ろすのだった。

長いその五指に徐々に力がこもっていく。息が苦しくなってきた時点で、**は王の"戯れ"をさすがに止めようと手を上げかけた。だが、彼女の動作がふいに止まる。色を失くしていた王の双眸には、単色のみが浮かんでいる。苦しげにあえぐ彼女の生すら支配しながら、一呼吸すら赦されない者の表情をして、彼は彼女の首を絞め上げていた。朦朧としてきた意識の中、両の瞳から流れ出してくる液体の温かさを感じながら、彼女は静かに、震える自らの手を下ろしていった。

「……」

高貴の花から微かに零れた言葉に、王の指が止まる。花が流す液体を初めて見るかのような眼差しで、しばらく眺めやっていた王は、突如細い茎から手を離した。命を取り込むことを許されて酷くむせる彼女に構わず、細い手首をまとめ上げ、花から再び呼吸を奪う。今度は自身の唇で。

「**」

口づけが終わる。息が足りないため潤んだ瞳で見上げれば、王はそっと彼女の頬を撫でてきた。その触れ方はどこまでも優しいのに、ある種の威厳でもって彼女の一切の動きを封じる。心の臓すら王の許しなしでは動かしてはいけないのだと彼女が心から思った途端、冷えた小さい声が与えられたのだった。

「"お前は"裏切るな」

何の言葉も紡げず、ただ頷く彼女の瞳からは涙が流れ続ける。止めようともせず、王は、彼女の身体をかき抱いた。愛され続けたその夜、月が白んでも、王の部屋の扉は開くことはなかった。





彼は、少女を覚えていた。

否、忘れられなかったのだ。国内外の貴族を招いた時、謁見の際、何かの儀式の折、少女の瞳が、ただ一点から離されることがないのを知った日から、彼は少女をいつだって気に留めていた。

心に決めた只一人を片時も離そうとしない我が王子は、少女のひたむきな眼差しに気付くことはない。いつこの少女が、2人の間に割り込んでいくのだろうと安直に考えていた彼は、すぐに自らを恥じることとなる。少女は決して2人の邪魔をせず、声すらかけることもなく、時にうっすら瞳に水を張らせながら、ひたすらに彼に向いてもらえるときを待っていたからだ。太陽、いや、この場合は月だろうか。ともあれ、自らこれと決めた光に振り向いてもらえる日を待ち続ける姿は、彼にも覚えがあった。努力の方法こそ真逆であるが、おそらく報われぬ想いを抱えて過ごす日々のつらさを、彼は十分に知っていたから。

そして1年、5年、10年が迅く過ぎ行き、見事な花となったかつての少女は、やはりというか果敢にも光の届かぬ闇の底へ自身を投じた。そして、今――。

「ああ、そんなに畏まってくれるな。おれぁもう隠居の身だ」
「は、い」

気さくに声をかけても彼女が顔を上げることはない。緊張のしすぎか肩が震えている。あれでは"身体"に良いわけがないと彼は気を回し、謁見用の椅子から滑り降りて、床に跪いて頭を上げない彼女の正面に片膝をついてみせた。彼女が息をのむのを可笑しげに見やりつつ、彼はそっと彼女の腕を支えて身を起こさせる。

「大事な身体なんだ。そんな冷えた床になんて座ってくれるな」
「しかし、先王様」
「あー……、じゃあ"命令"だ。そこの椅子にかけな」

些少の戸惑いとともに、彼女は彼のエスコートで柔らかな椅子に身を預ける。服の上からでもはっきり分かるほどのまろやかな腹部を眺め、彼は大きく笑ってみせた。

「具合はどうなんだ?」
「先日医師から、大層、順調だと聞かされました」

一つ一つ言葉を選んでいるのは、先王に失礼のないよう、粗相のないよう気を張っているからだ。想い人以外にはめっきり鈍い彼女の感覚に噴き出しそうになるのを、彼は何とか堪える。わざわざ、ざっくばらんな口調にしてこの反応なのだ。

彼女は未だ知らない。ハレムに入る前も入ってからも、自らを影から見守っていた強く温かい太陽の眼差しを。

「そいつぁよかったな!」
「はい。我が身を擲ちましても、王の血を此の世に……」
「そうじゃねえって。まず母親が健康でないと意味ないだろ? そうだなあ、俺がいい乳母を選んで寄越すから、無事でいることだけに専念してくれ。な?」
「そのような……! わたくしごときには勿体無いお言葉を……」

ありがとうございます。潤んだ瞳で呟かれた言葉は、ささやかだった。

「なぁ、**」
「はい」
「俺ぁ、結構カンが強い方なんだけどな」

賭けてもいいが、腹の子は男だな。彼の一言に、**の大きな瞳が更に大きく見開かれた。微笑んだまま、彼は彼女の頭を撫でる。

「よかったなあ」

零す甘露が、いつまでも彼女の頬を濡らす中、彼はしばらく彼女の頭を撫で続けていた。彼女は、いつまでも少女のように泣きじゃくるのをやめなかった。



そうして花は咲き誇り、
  何時かの想いの実を結ぶ



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「陽光の輪舞曲(ロンド)」
  (written by まり緒)


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