ハレム企画 未来の物語(名前変換) | ナノ
=逢魔時の譚詩曲(バラード)=


人懐こい笑顔と、どこか憎めぬ軽い喋りくち。彼は、どこか重々しい印象を持った他の側近たちよりも周囲とよく関わり、溶け込んでいた。まるで闇夜の鴉のように。だが、ごく少数の人間を除いて、周囲は知らない。彼の信条を。そしてその信条と、彼が唯一忠節を誓う王から与えられた尊い任務に従い、彼は今日も職務をまっとうしていた。

王に近しい側近には仕事用に小部屋が与えられている。その一室で彼は机に頬杖をつき、宦官たちからよこされた紙の束に没頭していた。内容はごく他愛もない諍い事の顛末や最新の勢力図など、ハレムの女たちに関わる事のほとんど全てについての報告だ。柔らかな笑顔を絶やさない彼が、今は至極真剣な顔でこの混沌たる報告書を眺めている。ぜひとも解決しなければならないことがあるのだ。

先日煌びやかなハレムにはふさわしくない――いや、これこそふさわしいと言うべきか――血生臭い事件が起きた。侍女が一人死んだのだ。苦しげに胸を掻き毟り皮膚を破る凄惨な様子を見て、周りの侍女の中には卒倒する者もいたという。

3人。これが、最近"原因不明の病"で死んだ女の数だ。いずれも消えたところでどうという事もない、ただの端女ばかりであるが、長く情報統括係、内々に「諜報」という分野を担当してきた彼には、どこかしらに引っかかるものがあった。だから宦官たちには緘口令を敷き、「原因不明の病が流行っている」との噂を女たちに流しておくようにと命令を出したのだ。うまい具合に女たちは怯え、流した噂を信じきっている。籠の中の小鳥たちは基本的に素直なのだ。

突然の嘔吐、呼吸困難、そして心臓の停止。症状だけを並べてみれば、ハレムにはある種つきものの何某かの「毒」であると思われた。だが国内のどんな優秀な医者も「解りません」と首を振るばかり。腑分けをしてもだ。となると毒ではないのだろうか。だが、年若い、特段何の持病もない女が突然死することなどそうそうあり得るとは思えない。しかも立て続けに3人もだ。ここまで考えて、彼はごく当たり前の事実に行き着いた。発想の転換、までもいかないほどの考えだった。

知らないのだ。自分たちが、その"原因"を。

ならば知ればよいだけ。彼は報告書の束を引っ掴んで走り出した。





百花繚乱。宴に集う寵姫たちを譬えて云うなれば"花"が最もふさわしいものだとは彼も同意できる。ただ、花にも種類はあるのだ。野生の花、清楚な花、優雅な花、そして――。

彼は王の側に控えたまま、"その花"を見遣っていた。名にふさわしく妖艶な花は、一見何の野心も執心もないふうに、ただ王だけを見詰めている。他の女たちに目線をくれることはない。ひたむきに、一筋に、ひたすら王だけを。

ふと女が、彼の目線に気付いたのだろう顔を上げ、彼と目線を交錯させた。途端、彼の全身の皮膚が粟立つ。美しく、艶やかで、しなやかで、一途で、甘く、そして秘めやかで妖しい、つまりはどうしようもないほど"女"そのものを具現化した生き物が、そこにはいた。

硬直する彼には何の頓着も見せず、"女"はふいに目線を外す。そして緩く波打つ淡い髪をかき上げて、また王へと熱い眼差しをおくるのだ。一連の仕草から目が離せず、彼は"女"、寵姫**を見続けた。湿った拳を、知らず固く握り締めながら。





西の医師の述べる"毒"と、中庭にあった"植物"との符合。ハレムの女たちを各自浮かべ架空の線で繋げた時、ただ独り虚空に浮いた者こそ彼女だったこと。何より、あの、眼差し。現在知りうる客観的事実のみを王に伝えると、やはりと言うべきか「しばらく見張れ」のひと言。決定的な証拠を得ないかぎり、いくら王の所有物だとて、いかな弱小国だとて、一国の王女に手出しできようはずもない。いまだ嫌疑の域は超えないのだ。だが、この後尻尾を出すだろうか? あの"女"は。だが王のためだ。うまく立ち回らねばなるまい。

 「誰の言葉も聴き、誰のためにも口を閉ざせ」

信条の唯一の例外は、王だけ。彼が"口を開く"のは王のためだけだ。大事をとらなければならない尊い正妃の身を案じつつ、暗澹たる、だが歴とした忠誠心を宿して彼は政務室を出た。入れ替わりに足早に部屋に入っていくペンギンに軽く手を挙げて、扉にもたれ一息。数十秒ほどそうしていただろうか。疲れきった体を押して歩き出そうとした、そのときだった。

部屋から聞こえたのは、重たげな物が硬い何かにぶつかり、割れる音。同時に響く王の怒号。尋常でない気配に礼儀も忘れて扉を開け放つと彼は叫んだ。

「王! ご無事ですかっ?!」

飾り棚にあったはずの硝子の花瓶は床に薙ぎ倒され、無残な姿となっている。青ざめた顔で立ち尽くすペンギン。そして荒い息をつく王は、先ほど報告をした時の冷静さは欠片もなく、鋭い瞳は肉食獣のそれに近い。思わず一歩後ずさる側近を見て、王が一声、静かに吠えた。

「"あいつら"が」

――裏切りやがった

低い唸り声は静かな部屋に響き、側近二人の肌を震わせた。



そうして花は闇に溶け、
  爛れた毒を身に宿す



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「逢魔時の譚詩曲(バラード)」
  (written by まり緒)


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