ハレム企画 未来の物語(名前変換) | ナノ
=薄暮の協奏曲(コンチェルト)=


「誠か?」

簡潔な王の問いかけに、有能忠実な側近ペンギンは無言で首肯する。王は考えるそぶりを見せはしたものの、その実、判断に要した時間は非常に短いものだった。

「キッドを呼べ」

今度はペンギンが頷く番であった。彼は一秒を惜しみ素早く身を翻すと、主の命をまっとうすべく第二王子の姿を捜しに走ったのだった。ペンギンの姿が部屋から消えた後、王は毛一筋ほどの動揺すら見受けられなかった表情に、初めて幾ばくかのゆがみを表した。そうして、彼は嘆息する。

古来より争いの絶えぬ砂の大地では、一刻前まで同盟を結んでいた国が次の刻限には裏切るなど日常茶飯事であったし、事実、華やかなりし平和を謳歌している現王の世でも時折小競り合いは起こっていた。ただ今回ばかりは相手が問題だ。戦う相手として手強いとか、そういう意味ではない。感情的に折り合いのつかぬものは、この王にも多少は存在するのだ。

「お呼びですか、王」

血相を変えたペンギンを従えてやって来たのは、鮮烈な紅色をした髪を持つ義理の弟だ。ある種の予感を孕んだ空気を察していたのか、王に跪く彼の顔は険しい。対する王は先ほどの嘆息の気配など露ほども見せず、薄笑いさえ浮かべながら彼に至極単純な命令を下した。

「第一軍を任せる。明日にでも発て」
「御意」

この国が紛争多き地で広い領土を保っていられる理由。物理的な国の豊かさ、血の結束の強さ、家臣たちの王への忠誠の深さ、そして古くから連なる祖先の血。苛烈な土地では、人は強い指導者を欲する。様々な種族を束ねることは強き者でしか為しえない。それこそが砂漠における絶対的な理なのだ。武によって砂漠を治めた先祖の猛る血は、今も彼らの中を巡っている。どのような血か? 決まっている。逆らう者は全て喰らい、独りオアシスを占拠して安閑と眠る砂漠の獅子の系譜だ。弱い者だとて容赦などするわけもない。そうしないと自らの腹は満たされない。

「やつらは、"砂漠の法"に逆らった」

王は酷薄なる笑みを浮かべたまま、長い人差し指を床と水平に保ちつつ、喉もとを静かに横切らせた。

「根絶やしだ」





其の国は、王位の継承ではごたついてはいた。きな臭い噂も密偵から幾つか届いてはいたのだ。だが、もともと王位に就くはずのない弟が卑怯な手段で兄を幾人も殺し、簒奪した地位に酔いしれた挙句、「宣戦布告」という暴挙に出るとまでは、誰も予想しえぬことではあった。そう、暴挙なのだ。こちらに比べて土地も民も兵も、武器すらも少ない国の勝算などなきに等しい。報告では、狂乱とも呼べそうな為政者の愚を嗜めようとした古い家臣たちは、皆、首を刎ねられたという。大方、どこぞと繋がりのある宦官どもに焚きつけられたに相違ないが、愚鈍な為政者は被害者にはなり得ない。

キッドは苦々しい顔で深く息を吐いた。辺境の同盟国とはいえ、風光明媚、古き歴史持つ国を荒らしたくはなかったが、それ以上に攻め入りたくない理由が彼にはあったのだ。

「叔父様」

背後から呼び止める声を、一度は無視しようと思った。だが、彼にそのようなことができるはずもない。涼やかな薄物を纏った少女が、立ち止まった彼に嬉しげに駆け寄ってきた。未だヴェールで顔を覆ってすらいない幼い姪の姿は、ある種の罪悪感を呼び起こす。先ほどのやり取りを悟られぬよう彼は笑顔を浮かべてみせた。

「**、元気だったか?」
「ええ、とても。叔父様もお元気そう」

2週間ぶりに見る少女は確かに健勝そうであった。最近では、ぎこちないが馬を乗りこなそうとする姿も見かけられる。どうか、このまま健やかに育っていってほしいと、彼は柄にもなく心で祈った。そうして大人になって、母のように、できれば好いた男のもとへと。

「叔父様? どうか、なさったの?」
「……ああ、悪い。ちょっと暑さでな」

そうだ、善からぬものたちが巣くうような場所ではない、もっとこの少女にふさわしい場所があるはずだ。一つの考えに到達したキッドは、心配そうに自分を見上げてくる**に今度こそ心からの笑顔を返したのだ。

「体、壊すなよ、**」

艶やかな髪を掻き分けて丁寧に頭を撫でれば、少女はくすぐったそうに肩をすくめ、百万の星にも負けぬ輝きで微笑む。そうだ、この珠は、しかるべき処に納めなければならないのだ。だから――。

「少し、出かけてくる。土産を楽しみにしてろ」
「叔父様……?」

最小限の刺繍のみ施された簡素なマントを翻し、彼は王の命をまっとうすべく歩き出した。「根絶やし」と王は言った。根絶やされる中には、いまや傀儡と成り果てた、成人に達してもいない幼い王も含まれていることを彼は重々承知していたが、可愛い姪の無垢なる姿が彼を力強く後押ししたのだった。

夜という名の緞帳がもうじき引かれる。佇む少女の影は長く伸びたが、足早に去っていく叔父のそれとは重ならなかった。



そうして花は蕾のままに、薄暮の中で項垂れる


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「薄暮の協奏曲(コンチェルト)」
 (written by まり緒)


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