ハレム企画 未来の物語(名前変換) | ナノ
=終章「現王ローとハレムの女たち」=


王室の行事は多々ある。年に一度の郊外の寺院への参詣もその一つだ。祖先への感謝の意を示す参詣というだけであれば、よくある行事なのだろうが、ハレムの女たちにとってはただの行事ではない。籠の鳥にとって数少ない外で羽ばたけるチャンスであり、重大な意味を持った試金石でもある。

夕刻。離宮の広大な庭には、幾つものテントが設えられている。続々と現れる煌びやかな輿のそれぞれには今現在寵愛を受けている正妃、そして寵姫たちが乗っていた。「気分が優れず」欠席している王太后を除くと、現ハレムの女の中で最も位の高いのは王の娘であるナーシサスである。それゆえ彼女の輿が一番に現れた。ナーシサスは叔父であるキッドに手を取られ、王の最も近い席に腰掛ける。表情がどことなく沈んで見えるのは、きっと先の戦争が影を落としたのと、慕っていた姫が"病気で亡くなった"せいだろう。此方側の勝利。それはとりもなおさず相手方の敗北に他ならない。同盟を破棄した国に、王は一切の容赦をしなかった。主だった王族が斬首される中には、少女の婚約者も含まれていたのだ。娘の消沈ぶりを解っているのであろう王は、彼なりに気を遣っているのだろう。少女が慕う叔父を同行して、相手をさせている。叔父とのやり取りに笑顔を浮かべる少女を見て王が表情を変えることはないのだが。

なお、いつもキッドに付き従っている側近キラーは、テントの周りを目敏く見張っている。彼がいる限り、自分は少なくとも無残に刺客などに殺されることはないはずなのだ。それほどに彼の武は秀でていた。頼もしいことだ、と王は口に出さず思う。高貴なる妻を王より下賜され、娶ってから、彼の醸し出す雰囲気がやや柔和に変わったことも、やはり口には出さないが勘付いていた。今夜ばかりは酒の肴に新婚をからかってやろうと決意した王の企みに、生真面目な武人である彼は気付く気配もない。"遊び"に分類されそうな類の行事の際にも命を賭して任務をまっとうしようとする彼に、やはり罰など与えずにおいてよかったと、王以下、側近全員が考えていることを、彼はやはり知らないのだろう。知らないふりをしているだけかもしれないが。

この行事は表向きこそ"祖先への感謝の意を示すこと"であるが、それだけではないことをナーシサス以外の女たちは全員知っている。ようやく冷え始めてきた外気の中で行われるこの宴では、一つの"慣習"があることを。そしてそれが今後の、女たちのハレム内での立場を左右するということも。王が最も愛した女が亡き今、「誰が一番に王から盃を受けるか」という一見何でもない、しかし重大な動作を巡り、女たちは目には見えぬ刀を振るい合っている。

ナーシサスが席に落ち着いた辺りで入ってきたのは2つの輿。ナーシサスに次ぐ地位を誇るのは、正妃カトレアと正妃ベルセリアに他ならない。輿に乗った2人の女は、それぞれの趣向を凝らして身を飾り立てていた。2人の腹は、同じくらいのまろやかな形をとっている。王はそんな2人を目を細めて見遣り、側近たちに指示して、万が一にも転んだりすることのないように丁重に迎え入れる。どちらが上座に就くかを目線で牽制し合いつつ、カトレアとベルセリアは並んで席に急ぐ。ちなみに互いに正妃という立場ゆえ並んでいるだけで、決して仲がよいわけではない。そんな中、ベルセリアが道のちょっとした段差に躓いた。護衛たちが慌てて手を差し伸べるも、意外なことに真っ先に伸びたのはカトレアの細く白い腕だった。結局、軽く前にのめっただけで、ベルセリアはカトレアの腕を握り締めるかたちで転ばなくて済んだのだが、しばらく硬直していた。周囲も同様だ。真っ先に動いたのは、自分のとった行動に誰よりも驚愕の表情を浮かべていたカトレアだ。ふんっ、と聞こえよがしに鼻息を鳴らしてできうる限り速く歩くのだが、そんな彼女の頬が赤いことは真正面にいた王にはよく見えていた。誰にも見られぬよう顔を伏せ、くっくっくっくと、笑う。

続いて入ってきた寵姫達の中で、ベルセリアが無事だった様子にあからさまに安心した表情を見せた者が一人いた。未だ少女の色を残す面差しは、慣れぬ場に強張っている。どこに座ってよいのかも判らぬ風情で辺りを見回す様を見た王は、目下気に入りの寵姫に気を遣ったのか、側近の一人シャチに彼女を導くよう告げた。そこは先年まで芳しい花の名を持つ寵姫、ローザの席であったが、今彼女はこの場にいない。花はいずれ枯れるものだとハレムの女たちは知っているが、花開いたままに手折られることもあることも無論知っている。彼女の名前を口に上らせる者など居はしない。基本、花は沈黙を保つものである。パシティアはシャチに導かれ、正妃たちのすぐ隣の席に座った。王の寵愛を受け、身分も卑しくないパシティアに逆らうことの危うさを女たちは解っているので、あからさまな嫉妬の眼差しを送る者は、今はいない。

幾人もの女たちが座を埋める中、最後に入ってきた女性を見とめるやいなや、王は席を立つ。女たちも倣って席を立つが、そうして迎え入れられたその女性は、やや居心地悪そうに末端に着席しようとした。

「ラーレ、此処へ」

王の命令は絶対。ラーレは少しの躊躇の後、何時如何なる時にも覆されることのない不文律に従い、王のもとへと歩み寄るべくドレスの裾を持つ。侍女として連れてきていた、かつて"王のもの"であったヴィオラを促して、従え歩く彼女の臈長けた姿に、全ての寵姫たちが憧れの眼差しを送る。何よりも王を優先し愛してきた乳母に、嫉妬の気持ちを湧かすことなど許されようはずもない。年齢を重ねた今ですら衰えを見せない花は、今なお数々の花の頂点に君臨し続けているのだ。本人の内なる望みとは無関係に。ただ、彼女に影のごとく付き従う侍女に対しては女たちは容赦などしない。どことなくびくついた仕草で、慣れぬドレスに身を包んだヴィオラを、明らかに好意でない笑いのさざめきが覆う。もともと自信なさげな野の花は悪意に反することも知らず項垂れていくばかりだ。

王はラーレを待ちつつ、傍らの側近に目を遣った。一見涼しげな顔だが、ペンギンは片時もヴィオラから目を離そうとしない。珍しいものを見られた礼ゆえか王は大きく咳ばらい、女たちを一瞬で静めた。睨め付ける王の視線は強く鋭く、今度は毒を吐いていた花たちが項垂れる番。波が凪いだことに気付き頭を上げたヴィオラとペンギンの目線が絡み合ったのを王は見ていたが、今更この二人の邪魔をする気はないのだろう。素知らぬ顔で目線を外したのは、やはり彼なりの優しさなのかもしれない。側に来たラーレの手をとり、甲に口づけた王は、彼女を自らの左側の席、ナーシサスの隣に着かせる。二言三言、親しげに言葉を交わすラーレとナーシサスを眺める王の瞳が一瞬笑んだことに気付いた者は少ない。

こうして全ての女たちが自らの場所を決められたのを見計らい、王の盃に酒が注がれる。彼も寵姫たちも、この盃が持つ意味を知っている。ハレムでは建前上、全ての女が平等に王に愛されていることとなっている。だが、この盃を受ける者こそが現時点で王にとって最も大事な女、愛する女なのだ。言葉すら発せず、皆が固唾をのんで王を見守る。

並々注がれた透明の液体を王はしばらく眺めやり、そして――。

あ、と声を上げたのは一人ではなかった。王は皆に背を向けると、まだ色の薄い、真円の月に向かって盃の中身を散らせた。日没がくれる橙の光線が、珠となって飛散する液体を照らす様は、王の御世を祝って天から捧げられた無数の宝石にも見えた。

連理比翼の契りはいまだ死なず、"ただ一人"のもとに。静まり返った皆に向き直り、王は空の盃にそっと口付けた。呆気に取られた寵姫たちの様子に口の端を上げてみせ、言い放った一言が夜を開く。

「宴を、始めるぞ」

たちまちのうちに辺りをくゆらし始めた熱気は、月が真上に昇るまで冷めることなどない。今宵も花たちは、王のもとで、それぞれに咲き誇っていた。


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終章「現王ローとハレムの女たち」(written by まり緒)


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