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こっち向け



フラれた。完膚なきまでに。

シャボンディパークの中央、"シャボタン"像の前で、セシルは子電伝虫を握り締めながら呆然と突っ立っていた。靴擦れを作ってまで履いてきた真新しいヒールも、薄ら寒いのに頑張って着た薄手のワンピースも、巻いた髪も化粧も、何もかも無駄だった。

いや、これはむしろ良かったと思おうと、セシルは無理やりポジティブシンキングを開始する。大体連絡もなしに約束を2時間過ぎたあげくに、心配してこちらから電話をかけてみれば「やっぱ、おれお前のこと好きじゃないわ」などとのたまう男とは金輪際付き合わないほうがマシに決まっているのだ。

「……はぁ」

こうなったら、一人でコースターでも乗りまくったり、一人でカップを回しまくったり、一人で観覧車を何周もしたりしてこの憂鬱を払おう。うん、そうしよう。

心に決めた、というより半分ヤケになったセシルは歩き出したが、そんな彼女に近づいてきた影が一つあった。このパークのマスコットキャラクター、お子様に大人気のクマ"シャボタン"の着ぐるみである。シャボタンは彼女に1つ風船を差し出すと、いかにも可愛らしい動作で首を傾げた。

「え?」

別に買ってなどいないのに。同じように首を傾げたセシルを見て、シャボタンは近くの垂れ幕を指差した。そこには「祝! シャボンディパーク○周年記念」と書いてある。生憎何周年かは木の枝に隠れて見えないが、なるほどその記念に配っているのだろう。

「ありがとう」

微笑んで礼を言うと、シャボタンは大仰な動作で手を振って去っていった。しかしこの風船、シャボタンがモチーフなのはいいとして、よく見ると首だけなのが怖い。子供、泣くんじゃないのかこれ。そしてよく考えたら、これからコースターに乗るのに果てしなく邪魔なのでは。セシルは風船をシャボタンに返そうと思ったが、シャボタンはもうどこにもいない。これは大人しく帰れという啓示だろうか。困った。その辺の子供にあげようかと思ったが、こんなときに限って周りに子供などいやしない。いるのはカップルだけ。こんちきしょう、と心中口汚くセシルは罵りの言葉を吐いたが、すぐに虚しくなってやめた。人を呪わば何とやらというし。

乗り物に乗る前に預けられるだろうか。ぼんやり考えながら歩き出すと、セシルにぶつかってきた人がいた。デート中らしき女性は全くこちらを見ていなかったらしく、謝ることもなく去っていく。大して痛みなどなかったが、当たった拍子に、軽く握っていただけの風船が手からするりと離れてしまった。

「あっ、シャボタン!」

慌ててジャンプをしたが届かない。どうして今日っていう日はこうなのか。セシルが諦めてしゃがみ込んでしまったその時だった。

軽く、少なくともセシルには至極軽くジャンプしたように見えた。体格の良い銀髪の男が、飛び立ち始めたシャボタン風船の紐を掴んだのだ。軽やかな音を立てて着地すると、彼はセシルに風船を差し出した。

「気をつけなさい。ほら」
「あ……ありがとうございます」

紐を取ろうとしたとき手がかすかに触れ、セシルの鼓動が高鳴った。ラフな恰好の初老の男は人懐こい笑みを浮かべてセシルに風船を渡すと、片手を挙げて去っていく。鼓動はまるで収まらない。彼の背中は広かった。今まで見たどの男性よりも。

セシルはその場に突っ立っていた。身体が動かない。だけれど追いかけたい。もっとお礼を言いたい。もっと話したい。お願い、こっち向いて、こっち向いて。ええい、こっち向け!

銀髪の男がピタリと歩みを止め、振り返った。願いを口になど上らせていないはずなのに、タイミングが良すぎる動きにやや狼狽するセシルに向かって歩いてくると、彼は微笑んで、少し困ったように口を開く。

「聞いていいのか分からんが、もしかして、お一人かね?」
「……はっ、はい。今日、少し前にフラれちゃって」
「奇遇だな、私もフラれた。約束をすっぽかされてね」

2人は顔を見合わせ、笑った。

「よかったら、観覧車でもどうかな」
「喜んで!」

セシル自身も驚くほどの即答に、彼は楽しそうに笑って、自分の手を差し出した。

「レイリーだ。よろしく、お嬢さん」

そっと触れた彼の手は大きく、そして温かかった。

Face me(×Rayleigh)

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エネル企画/R50提出
kai.様、素敵な企画をありがとうございました

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