Project | ナノ
I love you.を謳う



「あ〜、なんでセシルはこんな可愛いんだろうなあ〜。すっげえ好きだぞお!」

口を開けば、可愛い、綺麗、エロい、好きだと似たようなことばかり壊れたオルゴールのように繰り返し、暇さえあれば乳に手をのばしてくるこの赤毛の男が、海という海にその名を轟かせる「四皇」の一人だなんて、一体誰が信じるだろう? たとえ世界中が信じたとしても私は疑う、というかそもそも信じたくない。世に出回る手配書を見ては、「この人チョーかっこいい」などと夢みていた過去の自分を張り倒したい。先日一緒に飲んだ副船長の方が千倍渋くてイイ男だったので、実は彼が船長なんじゃないのか? とセシルは心中ひそかに疑ってすらいる。

彼に比べて、この男ったら。セシルは怒鳴りつけたい気持ちになるのを堪え、拳をぐっと握り締めた。

大体なんだ、このだらけっぷり。真っ裸でベッドを転がるな! 無防備にブラブラさせるな! そして酒を煽るな! おまけにシーツにこぼすな!

「ちょっとシャンクス、ベッドの上で酒飲まないで! 汚いでしょ!」
「だってよぉ、ここで飲む酒がいっとう美味いんだ」

堪忍袋の緒が切れたセシルがベッドの脇で仁王立ちで見下げれば、いいトシのくせに、無精ひげに彩られた唇を突き出して不服そうに反論するのがまた腹立たしい。セシルも最初は慣れない敬語を使って、ビビりまくって彼と話していたが、ものの2〜3時間で完全なタメ口へと変わった。だって敬語の必要ないから。以来丁寧な言葉などどこ吹く風だ。

「ベッドでの飲食禁止」
「カタいこと言うなよセシル。一緒にヤろうぜ? あ、ヤろうぜってのはこの場合セ」
「人の話を聞け、この赤毛野郎!」

確かにここは歓楽街で、おまけに娼館併設の宿屋で、快楽行為に耽るのはもってこいな場所だろうが、商売道具の上で好き勝手されたのではたまらない。彼がセシルの夜を買いきっているせいで、ほかの客は現れないがそれでも職業柄いい気分ではないのだ。嫌がるシャンクスから無理やり酒瓶を奪うと、セシルはそれを部屋の隅に置いた。何だよケチーとブーブー文句を垂れている男は徹底無視である。

大体、何だってこの男はこんな薄汚れた所にやって来るのだろう。ここは別に高級な場所というわけでもなく、どこの島でもある至って普通の宿だ。彼くらいの海賊ならば、もっと立派な娼館や宿屋に行くのが常だろうし、どんな高級娼婦だって我先に彼に群がってくるに違いないのだ。だのにこの男は、セシルの所に入り浸っている。

自分の何が彼のお気に召したのだかは分からない。知り合ったきっかけだって、ごくごくありふれたものだった。あまり治安のよろしくないこの辺りでは暴力恐喝痴漢おまけに強姦は日常茶飯事で、その日もセシルは酔っ払いと思しき呂律の回らぬ男に裏路地で絡まれていたのだった。

セシルは決して気が弱いほうではなかったから、いつもなら股間を蹴り上げるなどして余裕で撃退するのだが、相手が悪かった。その当時、この地域で勢力を伸ばしていたやくざ者がいたのだが、男はその組織の幹部だったのだ。逆らえば商売に響くことだけは確実で、最悪殺されかねないというのを彼女は知っていたから、なるべく穏便にことを収めようとしていた。だが男は完全に頭に血が上っていたのか、はたまた"溜まって"いたのか、その場で彼女を犯そうとしたのだ。しょうがないか生娘でもないし、でもタダで抱かれるのは嫌だなあとセシルが諦めかけた時、どこからか声が聞こえた。

「おい、やめとけよ。嫌がってんじゃねェのか? そのコ」

細い路地の入り口に立つ一人の男。逆光で顔は見えないが、落ちかけた夕日が彼の真っ赤な髪を透けさせていて、セシルは綺麗と素直に思った。

「あん? なんだテメェ!」
「いやあ、通りがかっちまったもんだからよ」

ほっとくわけにもな。
セシルの耳に声が届くのとほぼ同時に、彼女を襲っていた男は地面に組み伏せられた。

大型の猫科動物のような俊敏で無駄のない動きで男の顔を地面に沈めると、赤髪は何事か男の耳に囁く。すると男は途端に顔色をなくし涙目になった。こんな大人の男が涙目って一体と不思議に思っていると、赤髪は男を解放した。あんな逃げ足の速い男をセシルが見たのは後にも先にもこれっきりだった。(なお、これきり男の組織の者が彼女に絡んでくることは一切なくなったが、それに気づくのは後のことである)彼は男が去ったのを見届けると懐こい笑顔で彼女に話しかけてきたのだが、彼女の職業が分かるやすぐに"ご購入"して宿に直行。今にいたるというわけだ。

「ねぇ、シャンクス」
「ん? なんだ?」

ベッドに乗ると、セシルは小さな手で彼の頬を撫でた。くすぐったそうな表情で彼女のするがままに任せている男と、あの時の獣めいた彼とは全くといっていいほど一致しないが、やはり心には忘れがたく残っている。

「"あの時"、どうして私を助けたの? ほら、最初に会ったときのさ」
「ん〜、ほら、通りがかっちまったし?」

彼は片腕をセシルの細い腰に回すと、耳元に唇を寄せた。

「セシルが好みだったから」
「このエロおやじ」

2人は笑いあい、どちらからともなく柔らかなシーツに沈んだ。





「ああ、明後日出航なんだ、おれ」

コトが終わり、ベッドで身体を寄せ合っているときに何気なく告げるシャンクスをセシルは見上げた。

「……ふうん、気をつけてね」
「ああっ! なんでそんな素っ気無いんだ! ひでェなあセシルは。忘れんなよ? なっ?」
「どうかなあ。忘れちゃうかも」
「ひでェ! おれは絶対忘れねぇからな」

セシルを強く抱きしめる腕は、隻腕ということを忘れさせるほど力強かった。ああ、この男が船長やってられるのは頷けるなあ、とセシルは今になって初めて思う。だって、どこまでも本気で人を誑かすことができるんだもの。初心な女なら容易く引っかかって本気にして、彼の領域である海までついてきかねないだろうから、彼はどこにでもいる娼婦を相手にするのだ。自分のような。

男だったら彼と一緒に行けたんだろうか。よく分からないけれど自分が決して立ち入れない領域を思うと少し妬けた。セシルが黙りこくっていると、シャンクスは微笑みながら彼女を抱きしめ、何度もキスを頬や唇や首や胸、特に胸、集中して胸に落とす。セシルは顔は十人並みだったが、胸は人より豊かだった。

……まさか、このせいで、わたしを?
胸への口付けが長いこと続き、その疑惑が確証に変わりつつあったとき彼はキスを止め、ぽそりと呟いた。

「ほんとに忘れねェよ。……なあ、セシル、」


続いた5文字は、最も優しいだった。

The Beast that shouted Love(ver.Shanks)

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エネル企画「FAKE×FAKE」へ提出
ララ様、素敵な企画をありがとうございました

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