Project | ナノ
全てが失われようとも、
 まだ未来が残っている




腕の関節が一つ多い。ということは腕が長い。つまりは狙える箇所が"普通の"人間よりも多いという事に相違ない。

其れ即ち、賞金稼ぎであるこちらに有利であるからして、今日もセシルが"獲物"を狙うのは必定の理である。

「"海鳴り"、覚悟ッ!」
「まァ〜た来やがったな! セシル!」

次の刹那、鋼同士のぶつかり合う冴えた音が響き渡った。一見丸腰に見える彼は、しかし幅広のナイフ程度のものは携帯しており、それでいつもセシルの一撃目を避けるのだ。

「よォ! 相変わらず胸のすくような音ォ出しやがる!」
「訳の分からないこと言うなっ!」

左、右、フェイントを入れて再び右。リズム良く斬りかかるが、全ての斬撃は受け止められる。もちろん相手の防御は予想の範疇であるので、セシルは身を低くするやいなや、彼の長い足へ蹴りを叩き込んだ。かわさないのか、はたまた、かわせないのかは分からないが、まともに蹴りを食らって「お〜痛ェ」と呟く彼は笑顔のままだ。

渾身の蹴りにも歪まない体の芯に多少怯み、セシルは飛びずさる。せっかくクルーたちのいない時を狙えたというのに、形勢は明らかにセシルに不利だった。さすが"億超え"は違う。しかし、それでこそ狙いがいもあるものなのだ。ヒュッと一息吐き、吸って、攻撃を続けようと短剣を握り直したセシルに彼は声をかけてきた。底抜けに明るい声で。

「おめェ、ほんっとにいい音出すな」
「しつこい! 一体何なんだ、さっきから音音音って」
「オラッチにはなァ、聞こえンだよ」

体格に似合わぬスラリとした指が、指揮棒のごとく宙を舞う。人差し指は空を指し、彼女を指し、また空を指してから、彼の心臓部に降り立った。

「"お前自身"の音が」
「女だと思って見くびるなよ」
「アッパッパ! 気の強ェこった。だがな、"海賊なら"それぐらいの負けん気は必要だよなァ」

長い指の先が、彼女に向いた。彼の大きすぎる口から、ちらりと覗いた白い歯が黒鍵に見えるのは気のせいだろうか。それとも新世界流のお洒落なのだろうか。解らない。さっぱり解らない。だが今は闘いの最中だ。倒した暁にでも聞いてみるに限るだろうと思い直し、セシルは使い込んだ剣の柄を握り締める。

「なァ、おめェ、オラッチを襲ってくるの何回目だ」
「そんなもん、覚えてられるかっての」
「オラッチは覚えてんだよ。いいか、9回だ」

もうじき2桁だぜ? ご苦労なこったよなァ。

相手の芝居がかったセリフに、セシルの頭に瞬時に血が昇りかけたが、かろうじて抑えることには成功した。一体、彼は相手を怒らせることにかけては天下一品。これは向こうの手だ。耳に入れてはいけないとセシルは自制するが、また彼の声は妙に通る。聞き流すことは難しいのだ。

「もういい加減にやめねェか? そろそろ長ェ航海に出なきゃだし」
「お前の都合なんか知るか!」
「手だれが欲しいんだよなァ。ああ、誰でもいいってわけじゃもちろんないぜ! だからさ、おめェ、オラッチの仲間になれよ!」
「?」

ヒップホップ歌手の決めポーズよろしく、彼の両の手指が彼女を指した。

「毎日、おもしろおかしく海賊やろうぜ、チェケラ!」
「は……ハァー?!」
「タダでとは言わねェよ。勝負しようぜ。何たってオラッチ、海賊だからな。ほら、欲しいものは奪うご職業だろ?」

瞬時に空気が変わった。彼が左半身を引き、セシルをひたと見据え、両の拳を胸の前に握る奇妙なポーズをとったのだ。いつしか張り切った弦の沈黙が二人を繋いでいることにセシルは気づき、全身の筋肉を緊張させる。

「おめェが勝ったらオラッチの首だ。なァおい、悪ィ勝負じゃねェはずだがな」
「……望むところだ」

何も輝けるもののなくなった灰色の村を出て、もうじき2年。やっと掴みかけたチャンスの精の前髪をセシルが逃がすはずもなかった。剣を正中に構え直して、彼女は彼と真正面から対峙したのだ。

「あー……それだよ、それ。いいビートだ。たまんねェ」
「御託はいい。……来い」

真剣勝負に似つかわしくない陽気な笑い声の後、響いたのは――。





町の外れで聞こえた爆発音に、アプー海賊団の面々は、彼らの船長の居場所を知った。ついでに彼らに仲間が一人加わるらしいことも、一方的に船長から知らされたのだった。





「普通さ、仲間にしたいって思ったやつに全治1か月の怪我を負わすか?」
「バッカ、加減なんかしたら、おめェの音に失礼だろうが」
「何だそれ。相変わらず意味分かんないなあ船長は」
「分かんなくったっていいんだよ。ビートはさ、感じるもんだろチェーケラー!」
「ますます分かんない」

年齢相応のセシルの笑い声は、アプーには心地よいバックミュージックとなる。

あれから時は流れ、幾度もの戦いの中で彼女の剣戟の響きを聴くたびに、彼は自身の直感の正しさを信じざるをえなかった。他のクルーたち同様、セシルの奏でる"音"も、彼の海賊団という名の交響曲を完成させるには欠くことのできないものであったと。アプーとて理論よりは感覚派であるので、そうそう言葉にして説明できるものではないのだが。

「アプーさァん! 2時の方角に船影です! あっ、海賊旗が見えます。あの海賊団は……」

見張り台から尖った叫び声。アプーとセシルは顔を見合わせ、互いの歯を見せ合った。

「いっちょさァ」
「やります?」
「やるか!」

高鳴る鼓動がリズムに変わる。そこにすぐさま色とりどりの音が乗り、詩(うた)が奏でられていく。それがアプー海賊団の戦いだ。居合わせた不幸な他者たちは、自身の悲鳴と血でもって旋律の彩りとなるしかない。

「おめェら、いっくぜ〜!」

そしていつだって、クルーたちの鬨の声が最初の一音になる。


When all else is lost, the future still remains(×Apoo)

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エネル企画nuovo mondoへ提出
小鳩さん、素敵な企画をありがとうございました

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