Project | ナノ
全てが失われようとも、
 まだ未来が残っている



男たちは、酒も入っていないのに陽気に騒ぎ立てている。彼らはいつだってそうだ。特に船にいる時は阿呆かと思うほど、はしゃぎ倒す。海軍における"無法者たち"のそんな態度は、一部上層部の眉をしかめさせているらしいが、セシルは気持ちを盛りたてないといけない理由を理解していた。一旦陸を離れたら、板子一枚下は地獄の海。そのような場所で辛気臭い顔をしていられるとしたら、むしろそいつの脳が足りていない証拠だ。あのまま陸で暮らし続けていたら、セシルも分からなかったことだろうけれど。

確かに荒くれではあるのだが、仲間には大層気のいい連中たちを横目で見ながら、セシルは支給品の安革靴に滑り止めを装着していた。徐々に空気が冷えてきたのが分かる。恐らく目的地が近いのだろう。と、女の声の艦内放送が響き渡った。

「皆さん、島が見えてきました。そろそろ上陸準備をお願いします!」

真面目を音にしたらこうなる見本と言えそうな、硬く澄んだ声に、荒くれたちは一斉に沸いた。「大佐ちゃ〜ん! 了解だぜ!」と茶化す者もいれば、"大佐ちゃん"を隠し撮ったブロマイドに「いってきます」のキスをする者もいる。G−5では異色の「大佐ちゃん」は、野郎どもに大人気なのだ。

だが、セシルは知っている。この一見ふざけきった雰囲気の中、誰もが己の得物を研ぎ澄まし終えていることを。船が向かっている島が、いかに剣呑な場所であるか誰もが知っている。それに今作戦の目的地は、セシルにとって、危険というだけでなく特別な意味を持っていた。





「ん? どこの店のおねえちゃんだっけ? いいケツしてるところみると、あそこか? ほら、おしりパブ。略しておっパブ?」

おれ、そんなにツケたまってたかなァ。まいったなァ。今度払いに行くから許してくれるとありがたいなー、なんて。ダメかな? いいよな? なっ?

海軍の面接に来たはずなのに、現れた長身の男に、いきなりそんなことを捲し立てられ、混乱しない者がいるだろうか。いや、いない。少なくともセシルは大混乱だ。

「あ、あの、私、面接に」
「面接? あれ? もしかして、あれか、今日が面接日ってやつか」

いやー悪ィ悪ィ。最近ずっとサボってたから時間の概念なくってさァ。ボリボリと頭頂部を掻きながら、そんなことをのたまった"彼"との出会いは、何処からどう見ても"最悪"を具現化したものだった。

何をどう間違って出世したのだろうか、彼が海軍の"大将"という地位にあったことが更にこの出会いの印象(ひいては海軍自体への印象すらも)を悪くするのだが、それは別の話だ。ともかくもセシルは彼に良い印象など一つも抱けぬまま、夢と希望に満ちていたはずの海軍での生活を始めることになったのだった。

そう、満ちていた"はず"だった。セシルが彼の直属という身分でなかったら、夢も希望も早々に崩されることはなかったと言えよう。会えば茶化してくる、気を抜けば尻を触られる、時には無理やり飲み会に拉致られる。セクハラが全て揃い踏みのとんでもない職場に、うんざりしかけていた時、"あの戦争"が起こった。そしてセシルの故郷は、呆気なく灰になったのだ。





面接の日、天気は悪かった。夕方から雷雨という予報が、セシルの胸を余計にざわめかせていた。

G−5へ志願した時の最終面接官が、またもや彼であったことは何の呪いなのだろう。セシルは本気で神を呪った。"まっとうな"海兵ならば好きこのんでG−5などへ行く者などいないのだから、面接など形だけで済むはずだったのに、よりによって彼とは!

「……」

今度は何をするつもりかと身構えているセシルに対して、彼は書類とセシルを交互に眺めながら沈黙するばかり。そういえば、彼はここ最近妙に大人しかった。口さがない者たちは、次期元帥争いで揉めていると言っていたが、そのせいなのだろうか。曲がりなりにも彼は大将という地位にあるわけだし。だがセシルには、彼が所謂権力争いに加わっていることがどうにも不思議に思えるのだ。彼ほど権力志向とは程遠いふうである人も珍しいように見えていたからである。尤も、見かけからは分からない野心があるのかもしれない。何せ、セシルは図れるほど彼を、彼の内心を知らないのだ。

妙な静けさのみが支配する部屋に、彼が椅子から立ち上がる音が妙に響いた。一応面接という体裁上、立ち上がることもできないセシルに、彼は大またで近づいてくる。いつものニヤついた顔ではないことがセシルを不安にさせた。今度は一体、どんなスーパーセクハラを仕掛けてくるつもりなのか……?!

「本気か」
「はっ、はぁ?」
「本気で行く気かって聞いてんのよ、G−5に」

セシルは素直に頷いた。こちらが座り、彼は立っている。そうすると彼が本当に背が高いのだということが改めて知れたが、圧迫感はない。それどころか包み込まれている感覚すら覚えるのだ。不思議なことに。

「そうか」

大きな手が頭に触れてきても、普段のように抵抗する気は起きなかった。二度三度と、長い指と少し硬い掌が髪の毛を往復する。彼の手は温かかった。

「……悪かったな」
「えっ?」
「あー、何でもねェよ。おれの独り言だ」

遠雷が、彼の言葉をかき消した。それでも、彼は続ける。

「守りたいもんが、あるんだろ」
「は、はい!」
「ほんッと、ひよっ子ちゃんが成長したもんだ。おじさんは嬉しいよ、うんうん」
「ふざけないで下さい! 面接ですよ! もー……」

真面目に聞いていればこれだ。顔を真っ赤にして怒るセシルを見て、彼はハハハと笑う。いつもの笑顔に何故かセシルはホッとした。

彼は、もう一度セシルの頭を撫でると、扉へと向かう。

「おれも、お前と同じだよ」
「ク、クザン大将? 面接は……」
「あー、合格だ合格。後で沙汰が行くだろ」

んじゃ、合格前祝でいつもの店な。待ってるぞ。

セシルの返事を待たずして片手を挙げて出ていった彼の背中が、いつになく小さく見えたのは、今思えば何かの予兆だったのだ。その時、セシルは気づけなかったけれど。





「セシルさん! ちゃんと聞いてますか?」
「……あっ、はい。すみません、たしぎ大佐」
「気の緩みは、危険ですよ。気をつけて下さいね」
「承知しました!」

去っていく彼に、さよならも言えなかった。あれだけ疎ましく思っていたはずが、いなくなった後で存在の大きさに気づくなんて笑えない話だ。

命を懸けても、きっと彼には必要だった何かがあったのだ。吹雪渦巻くこの島で、自分はその欠片でも見つけることができるだろうか? いや、きっとそんなことを口にしたら彼は笑うだろう。「おれのことなんていいからさァ、セシルちゃんの守りたいもんを守んなよ」と。しかし恐らく、彼の守りたいものは、セシルの守りたいものとも同じ部分があるはずだ。互いが海兵であった以上、片方がいまだ海兵である以上、きっと。

「パンクハザード、上陸します!」

海兵たちを取り囲む氷塊は、訪れるものを全て拒む冷たさを発しているようにセシルには思えた。誰の創り出す氷と比べているのか気づいて、彼女はひとつ笑い、自分の銃を握り締めた。


When all else is lost, the future still remains(×Cousin)

********
エネル企画nuovo mondoへ提出
小鳩さん、素敵な企画をありがとうございました

return
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -