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世界に島は多く存在する。地図に載っていない小さな島などを含めると、それはもう無数にある。だが、"きちんと"上陸できる島はそう多くはない。よしんば上陸できたとしても、海軍がやたらと蔓延っている島や酒場の一軒もない鄙びた島、はたまた文明から見事に外れた島だったりと、逗留には不向きな島も存外多いのだ。

その点から鑑みるに、今彼ら海賊団がいる島は全てに於いて絶妙なバランスを見せる場所である。この島のログは1週間。気候は温暖。海軍はさほどおらず、割に闇の方角に発展したためか海の男の好む酒場も娼館も揃っているときた日には、クルーたちは街へと繰り出して帰って来やしない。

ただ、浮かれた気分ばかりでもいられないのが海賊稼業の哀しさだ。種々雑多な用事のために残らざるをえない者もいるわけで、大抵の場合それは下っ端の仕事と決まっているわけで。本日も居残り組となったこの船の見習いの一人、赤い髪の少年は、しかしいかにも楽しげに甲板にモップを滑らせていた。宝樹アダムより造られた船はすばらしく立派で、少年らしい憧れをかき立てるもの。見習いとはいえ乗組員となれたことに誇りを感じていた彼は、雑用の中では掃除が割と好きだった。尤も冗談かと思うほど泡だらけとなっている甲板を見れば、果たして掃除をしているのか遊んでいるのか、よく分からないのだが。

「おい、シャンクス! てめェ!」

怒鳴り声とともに、甲板へと続く扉が突然開かれる。最大限の動きを見せた扉は"反動"という自然の摂理によってはね返り、声の主の顔、特に鼻を直撃した。

「いってェエエ!」
「何やってんだ、バギー」

涼しい顔で首を傾げるシャンクスを涙目で睨みつけるのは、同じく見習いのバギーであった。トレードマークの"赤っ鼻"は、木製のドアに思い切りぶつけた事で、より赤みを増している。言うなれば、それはよく熟れた果実の色。

「あ、リンゴ食いてェ」
「お前! 絶対おれの鼻見て連想したろ! そうだろッ」

鼻を手で擦りつつ、バギーはシャンクスへと詰め寄っていく。シャンクスが「ちょっと待て。危ねェぞ」と言ってもお構いなし。泡にまみれた甲板を大またで歩き……。

「ふぉあッッ!」

泡は石鹸で立てたものだ。よって、滑る。しかし頭を強打する前に、いかなる仕組みかバギーの上半身と下半身は離れ離れになり、別個の動きを見せた。すなわち下半身は尻餅をつき、上半身ははるか頭上のロープを掴んだのだった。もとより彼の激昂ぶりはまるで気にしていないふうだったシャンクスは、バギーに手を振った。この青空に似合う爽やかな笑顔で。

「お前の能力って、ほんと便利だな!」
「てめェ、いつかほんとにシバくぞ! 今日だっておれの服勝手に着やがって。そのボーダーはお気に入りなんだ。返せ!」
「いいじゃねェか。お前もおれの服着ていいっつってんだろ」
「あんっなダセェ服、誰が着るか! 大体何なんだってんだよ、渦巻き模様とか波模様って。首元だってどれもこれもダルンダルンじゃねェのよ」
「おれ、楽な服が好きだ」

ロープから手を離すと、ふわり宙を漂いながらバギーは下りてきた。そしてやはりいかなる奇術か、下半身と上半身は再び出会ったのだ。

「とにかく、だ、洗って返せよ。ちゃんと畳んでだぞ。洗濯紐から取ってそのまま籠に放り込むなよな。皺になる」
「皺なんて着りゃ伸びるって。細かいこと気にすんな。なっ!」
「……っ!」

シャンクスの無神経ともいえる能天気な笑顔に、今日もバギーの"我慢"という名の器がいっぱいになりかけたとき、甲板に繋がるドアが再び開いた。

「2人とも、お疲れさま」
「セシルさん!」

コック見習いのセシルが、お玉を持ったまま2人に笑顔を見せた。2人も一転セシルに顔を向け、年相応の無邪気な笑みを返す。セシルは空へと顔を上げ陽の傾き具合を見て取ると、口を開いた。

「もうじき、とびきり豪勢な夕食ができるからね。もちろんお酒もあるわよ、船長からの差し入れの」
「やりィ!」
「すっげェ!」

食い気に釣られる辺り、まだ2人は少年だ。臨戦状態も忘れて、思わずハイタッチをした2人を瞳を細めて見つつ、セシルは再び扉の向こうへと戻っていった。「楽しみにしててね」と優しい一言を残して。セシルの気配が消えると同時に、バギーは我に返ったのだろう、虫でもうっかり噛み潰したかのごとき険しい顔でシャンクスから一歩距離をとる。シャンクスは、そんな彼を見て盛大に眉を顰めた。容よい唇を開くが、その声は普段より低く険がある。

「おい、バギー」
「な、何だよ。そもそもお前がおれの服を勝手に着なきゃあなァ」
「5人」

突然の、カウント。バギーはぴたり動作を止めて、同じく眉根を寄せてシャンクスに囁き返した。

「確かなんだろうな」
「ああ、間違いねェ」
「んなこと言いやがって、お前、この間、1人数え損なったろ?」
「慣れてねェんだ。ハナからレイリーさんみてェにいくかよ。仕方ないさ」
「仕方ないわけあるか! おれァ、そのせいで死にかかったんだぞ!?」
「お前、斬られても死なねェ体なんだからいいじゃねェか」
「弱点はいっぱいあるって……! ……まァいい、ここは一時休戦してやろうじゃねェか」

掴みかかろうとした両手を下ろすと、バギーは懐を探った。胸元でそっと閃いたのは愛用のナイフ。シャンクスも、バギーに向けてひとつ笑って、使い込まれた刀の柄に手をかける。

「なあ、バギー。もうじき夕飯だったよな」
「あ〜、そらァ邪魔しちゃいけねェわな」

船は留守番の気の抜けたのばかり。いかな海賊団とはいえ、そこを襲われてはひとたまりもない。おそらくそんな浅薄な考えでもって襲おうとしていたのだろう。だが、天下に名を轟かせ始めた海賊団が船を任せられる男たちは、一般的に見れば"見習い"の分を超えた実力を無論持っているのだ。

「夕食前の、ひと仕事っと」

すらり、刀身を抜き放ったシャンクスは、バギーに笑んでみせる。バギーも舌打ってから、ニヤリと隙の無い笑みを見せ……。

「行くぞ!」
「おう!」

夕闇に白刃を煌かせて、笑顔のまま2人は躍った。


The Lookout Is Not So Bad(Buggy+Shanks)

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エネル企画海賊王の弟子たちへ提出
Lumiさん、素敵な企画をありがとうございました

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