ハレム企画 過去の物語(名前変換) | ナノ
=王子ローと先王の寵姫=


詰まるところ、これは「単なる慣習」なのだ。

起源を知る者など居ないほど古くからの慣習。そういう類のものは、このハレムには腐るほどあった。これも其の一つである。行う理由はつけようと思えばつけられるのだろうが、たとえ理由づけをしたところで、この慣習が変わったり、ましてや消えてなくなるわけではない。無論、慣習に対して異を唱えることなど、いち寵姫の身分からはできようはずもないのだ。尤も彼女に「それ」を命じた人間は女に対しては割に情深い男であったから、彼女が心底嫌がれば役目は他の姫に回ったのだろうが、困ったような強請るような笑顔で彼が「お前に頼みたい」と言ってしまえば**に断れようはずもなく。結局、真の闇が帳を下ろす新月の夜、**はこれでもかと飾り立てられ、王宮の一室にて"彼"を待つことと相成った。

震える手を握り込み必死に静めつつ、**は深く息を吸い、そして吐いた。"彼"を見た事は何度もある。彼女はでしゃばった性格ではないので自ら声をかけたりはしないし、勿論"彼"から言葉を頂いたことなどもないが、"彼"が王や他の人間と言葉を交わすのを聞く機会はたまにあった。"彼"も自分の顔と、王の寵姫であるということは知っていると思われる。だが、寵姫とは名ばかりなことは知っているとは思えない。今宵の役目を真っ当に果たせる自信など到底なかったが、窓から逃げるには彼女の性質は慎ましいものでありすぎる。

そんな彼女の逡巡を吹き飛ばすように大扉が勢いよく開けられた。入ってきた人物に**は慌てて膝をつき、頭を垂れる。震えながら沙汰を待つ彼女の腕を遠慮のない力で掴み上げ、立ち上がらせると、"彼"は彼女と目を合わせた。読みにくい無表情で彼女をしばし眺めた末、"彼"は無言で**をベッドに引きずり倒した。戸惑い、起き上がろうとする**の両手首を力ずくで押さえた"彼"が初めて見せた表情は、成人したばかりの男とは思えぬほど大人びた笑み。

「まあ、せいぜい楽しませろよ」

両手首を羽根枕に縫い止め、"彼"は一気に彼女の夜着を引き剥がした。





結論としては、"彼"は初めてとは思えぬ女あしらいの巧さを発揮した。ただ一つ惜しむらくは、**にこの夜を楽しむ余裕が皆無だったこと。寵姫とはいえ、王との関係は数度きりという経験の乏しさではしょうがないとも言えるが、これではどちらが性の道を訓示する立場なのか全く分からない。ただ、幾度も関係を契るような女を王が王子に与えるわけはないのだ。身分の高さ、寵愛の薄さ、文字通りの体の清らかさ。条件的に彼女が一番ふさわしかったにすぎない。

**があまりにも緊張している様子を哀れに思ったのか、"彼"は普段からは考えられぬほど女を思い遣る仕草を見せていた。だが**は、"彼"の質問にも軽口にもひたすら謝るばかり。もはや何に対して悪いと思っているのか当人にも分からぬだろう、所謂一杯一杯な様子だった。初めのうちは"恥じらい"の一語で済まされた初心さ加減も、度を過ぎれば男を白けさせるばかり。"彼"とて、これが愛した女であればそんな態度にも感激し、男として精一杯の真心を尽くすのだろうが、生憎"彼"は**を愛してはいない。好いているわけでもない。ただ、成人への通過儀礼としてあてがわれた"女"として見ていた。つまりこの場合の謝罪の言葉は、情欲が燃えるたび、ぶっかけられる冷や水の類だ。

自らを性の対象としながらも徐々に機嫌の悪くなっていく男の下で、**は居たたまれなくなって瞳を閉じ、顔をそむけた。目線の先には大仰な花瓶に生けられた白い花々。情事の最中にもかかわらず、彼女の思考は体と乖離し、過去へと意識を誘っていった。

「白い花がいいな」

人懐こい、と言えそうな笑顔を浮かべて王がそんなことを言ったのは、今にして思えば多分その時彼女が着ていた衣装が白だったとか、たまたま近くに生けられていた花が白かったとか、そんな他愛もない理由だったのだろう。香りこそ甘いが見たところ「地味」としか言えそうもない花が目の前の女にはふさわしいと王は思ったのかもしれないし、見た目こそ控えめでも甘い香りを放つ花であれとの願いを込めたのかもしれなかった。ともかくも、その日から、その花の名前が彼女の名前となった。

「……香水か?」

"彼"が顔を首筋に埋めてきたのは、気の乗らぬ性交でも何とか欲を吐き出そうと集中するためであった。なにせ、そうしなければこの夜は終わらない。しかし鼻腔に届いた微かな香りが、"彼"の興味を煽った。突然の問いに彼女の意識は過去より引き戻され、目の前の男へと戻る。が、元来物事を熟慮するタイプの**に、気の利いた答えなどできようはずもなく。そういえば、と、閨に来る前に香油を嫌というほど塗りたくられた事を彼女は思い出し。

「あ、あの、申し訳もございません」

頬を染め、過剰な化粧、そして香りを謝るのだった。"彼"が感じたものは、もっと密やかな甘い香りだったのだが。翌朝、いつものように部屋に控えていた側近に"彼"はこう告げた。「つまんねぇ女」と。





枕を交わした感想ですら非常に冷たいものだった。これより後、"彼"が**を気にする素振りなど一度もなかったし、見事な刺繍の腕前を持つ**が"彼"のためにと精魂込めて婚礼衣装に刺繍を施したときですら、「俺の趣味に合わん」との一言だけで、彼女の努力を無に帰したのだ。婚礼の際、衣装の他に使われた"もの"にも、"彼"は全く興味を示さなかった。

婚礼の名残として砂漠の寺院に飾られたタペストリーは、純白の花の柄。燃える髪の王子の供に、その寺院を訪れた少年は、ふだんそのような女の作るものには興味がないにもかかわらず、なぜかそのタペストリーから目を離せなかった。焦れた王子が彼に声をかけるまで、彼はじっと白い花を見詰め続けていた。

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「王子ローと先王の寵姫」(written by まり緒)


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