ハレム企画 過去の物語(名前変換) | ナノ
=現王ローと第四の寵姫=


「緑の手を持っている」。緑を繁らせ、花を実をつけさせることのできる人間を、東の国ではこのような言い回しで讃えるのだと聞かせてくれたのは、今は遠い故郷にいる母だ。よい頃合に開いてきたバラの茎を鋭いはさみで切り落としたとき、馥郁たる香りとともに、**はそんな他愛も無い一言を思い出した。記憶の欠片は常には心の奥深くに沈殿し、時折花の香と結びついて浮上しては彼女を何らかの感情へと誘う。切ない記憶、愉快な記憶、哀しい記憶。彼女の全ての記憶はさまざまな花と共にあるのだった。

**自身は「緑の手」を特別な能力だと思ったことはない。なぜなら、植物をよく観察すれば大体のことは分かるからだ。植物には口という器官がない分、他の事で状態を伝えてくれる。種の形、芽の大きさ、茎の伸び具合や花びらの色。植物は、彼女にとってはとても雄弁だ。

迷いのない手つきで茎を斜めに切り落とす動作が、何十回続いただろう。今日の彼女は、自室に飾るものより数倍丹精込めた手つきで、素晴らしく豪奢に咲いた花ばかりを選り抜いて花束を作っている。週に一、二度、彼女は"儀式"とでも呼べそうな熱心さで、こうして見事な花束をこしらえる。渡す相手は、この"鳥篭"の中で唯一とも言える憧れの女性。清楚ささえ漂う美貌の乳母ラーレに選んでいるのは今が盛りの白バラだった。銀製の道具でもって、一つ一つ丹念に尖った棘を抜いていく。**は植物を、特に自分の名を冠した花を愛してはいたが、だからこそ、その花が万が一にもラーレの指を傷つけるなどということはあってはならないのだ。

気迫すら漂わせながら全ての棘を抜き去ると、彼女は初めて満足の息を吐いた。作業を行っていたのは中庭にある東屋だが、陽を遮る場所とはいっても、いまだ夕刻。肌を内側から蝕む暑さは残っている。いつの間にか額から伝い落ちていた汗を指ですくって逃すと、辺りに夕日を反射した綺羅綺羅しい水滴が散った。最も重要な選別は終わり。あとは花束を美しく整えて、乳母の部屋まで侍女に運ばせるだけだが、この時刻、乳母は部屋にはいないことが多い。まだ少しゆっくりしていられると、**は東屋内の長椅子に寝そべり脚を伸ばした。

植物を観察する眼差しで、**は人をも観察することを怠らなかった。誰がいつ、どの場所にいることが多いか。衣服や食や香りの好みは何か。誰と誰が今現在仲が良いのか悪いのか。泣き所は何であるのか。物言わぬ植物よりも人間の方がはるかに分かりやすいものだが、彼女は自分の全ての感覚でもってハレムの"流れ"を捉えることをやめない。"武器"は常に研いでおかなければ、いざというときに役に立たないということを重々承知していたからだ。**が研ぎ澄ました"武器"は、いつだって彼女自身を安心させる。"美しき諍い"に自ら加わることなく、傍観者のごとき立場で他の女たちを眺めていられるのは、秘めたる"武器"の禍々しいまでの強大さから来る余裕だ。子猫たちの争いに加わる必要はない。愛らしいばかりの小さな爪で相手の薄皮を切り裂く必要もない。ただ、"その時"が来たら蝕むだけ。官能的な唇を微笑みの形にして、彼女がゆったりと瞳を閉じていった時だった。

「よく、こんな香りの中で眠れるものだ。**」
「王!」

ふいにかけられた声に、**は慌てて長椅子から滑り降り、声の主に膝をつく。恭順の意を込めた口付けを当然のごとく手の甲に受けると、王と呼ばれた人物はそれまで彼女が居た長椅子に身を横たえた。

「何をしていた?」
「はい。ラーレ様に差し上げようと、花を選んでおりました」
「……ふん、よくやるな」

一見素っ気無い返事だが、込められたものが優しいのを**は解っていた。王は美貌の乳母を慕っているのだ。彼女に対して捧げられる**の想いを悪く受け取るはずもない。これが、ただのおべっかであれば彼も眉を顰めるのだろうが、王はその辺り、非情に鋭い人物である。**の思いは、どこまでも一途であることを彼も気づいていた。

「ラーレには似合いそうだ」
「ええ、ええ! 私もそう思うておりました。ラーレ様には白がいっとうお似合いになりますわ。清らかな色ですもの」

膝をついたまま、長椅子に座る王に寄っていく。華麗な外見と名に似合わず、地味な作業に精を出していたらしき寵姫を見つめ、王はふっと笑った。東屋から見上げる空は既に宵闇の色に染め上がり始めている。

「この匂いは?」
「私と同じ名を持つ花のものでございます、王」
「盛りか」
「ええ。……花も、私も」

支配者特有の強い眼差しにも怯むことなく、**は長椅子の端に腰掛けた。白い指が王の上着のボタンを辿り、腰紐へと下りる。そのまま、服の合わせ目から、中へと。

「どうぞ、ご賞味くださいませ」

濡れた舌が、至極ゆっくりと唇の紅を舐め取っていった。





冷え始めた外気ですら、2人の熱を奪えない。緑に閉ざされた東屋は大広間からの視線を遮断してくれてはいるが、**は至る所から人の気配を感じていた。だが、彼女がそれらに遠慮して快楽を放棄することはない。熟れた蕾を自ら嬲りつつ、もう片方の指で花弁を目一杯開く。王自身を受け入れて、そうして近い将来に自身の実をつけるために。限りなく溢れる蜜は、彼女を見上げる王の肌を濡らしていった。

仰け反り、豊かな胸を露わにしながら最奥まで熱を呑み込む**は、微笑みながら王を見詰めていた。乱れた吐息と、ごく稀に漏れる喘ぎ声以外は誠に静かな交合ではあったが、彼女の何もかもがひたすらに妖しく――。

「……ロー様……っ」

密やかなる寵姫が彼の名を呼ぶときは絶頂の合図。王は誘われるように、微細に震える花びらの奥に自身の雄を捻じ込んでいった。

*****
「現王ローと第四の寵姫」(written by まり緒)


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