ハレム企画 過去の物語(名前変換) | ナノ
=剣士ミホークと第三の寵姫=


 ――帰る場所があるから、人は旅ができるんです

おかしなことを言う娘だと思った。土地に根付いたからこそ見事に花を開かせた娘には、彼が根無し草同然の生活を送ることがどうしても理解できなかったらしい。「なぜ旅をするのか」という娘の質問に対して、「暇つぶし」と、彼にとっては非常に適切な言葉で答えるというやり取りが7日、つまり7回続いたとき、先の挑戦的ともみえる主張が飛び出したというわけだ。

大体旅をする理由など彼にとってはどうだってよいことで、なぜ彼女がそうまで食い下がるのかは全く分からなかった。こののち娘と交流を重ねるにつれて、彼女が自分の「寂しさ」というものを慮っていたとを知ったときには彼は本当に仰天したものだ。物心ついた時から旅また旅の生活に浸りきっていた彼にとって、「あてどなき旅、イコール、寂しい」という娘の理論は全くもって頑是無い妄想の産物としか思えなかったのだ。

それに、娘が自分に関心を示す理由も分からなかった。短いとは言えぬ人生、そこかしこの王宮に剣術指南役として仕えることも多くあったが、姫というものは総じて着飾っては芸事やお喋りに精を出しつつ、どこぞの良い王宮へ嫁ぎ、あわよくばそこで世継ぎを産むことを目標としているものだった。だからこそ娘と初めて出逢ったとき、簡素な身なりで厩に現れた彼女をひどくぞんざいに扱い、邪魔者扱いすらしてしまったのだ。まさかこの国の姫だとは露ほども思わずに。娘、つまり姫が彼に気圧されることなく翌日も厩にやって来た辺りで、彼は少しだけ、そう、ほんの少しだけ彼女に興味をおぼえたのだった。

それが、2人の始まりだった。

「今日は冷えるのう」

追憶の灯火を消したのは、暢気に響いた老人の声。宵闇に閉ざされた枯れた地で、彼は今、老人と共に火にあたっている。道中の連れではない。一人で適当に寝床を作ろうと思っていたところ、この老人が手招きするものだから一緒に火を囲んでいるだけだ。街道沿いではたまにこのようなこともある。

老人は、全く表情を変えない彼には構うことなく、明日の天候がどうなるかだの、街道沿いで野盗が増えているだの、最近とある国がキナ臭いだの、彼にとっては愚にもつかない出来事を喋り続けた。月夜のバックミュージックにしては聴いていたくない声だと彼は思い、それが誰と比べて"聴いていたくない"のか気づいた時、ふ、と微笑んだ。

「じゃろ? 国々で流行りそうなジョークじゃと思うのだが、誰も解ってくれんのよ」

老人の完全なる誤解を解くでもなく、彼は火を見詰め続けた。時期なのだろうか、漂ってくるのは野生の百合の香り。他にも一晩身を落ち着かせるにふさわしい場所はあったが、あえて岩だらけのこの場所を選んだのは、多分これが理由なのだろうと彼は一人で納得していた。





あれは、どういった会話の流れで呟かれた言葉であっただろうか。前後の記憶は霞のごとく閉ざされ、ただ思い浮かぶのはあの人の声と笑顔。

「私は、名前負けなんですよ」

お姉様みたいにお綺麗じゃないし。だから、高貴なお花の名前を頂いたって意味はないんです。馬にブラシをかけながら、百合の名の娘は彼に笑ってみせた。さして悲観しているわけでもないということは彼にも判る。娘は姉を大層慕っている様子だったから恨みつらみに意識が向くはずもないのだろう。だが、彼が娘と考えを同じくする必然的な理由はない。なぜなら、彼の意見は彼女とはだいぶ違うのだ。

「そうでもないぞ、**」
「……?」
「少なくとも俺は、お前にふさわしき名だと思うが」

淡々とした彼の言葉に娘は一瞬ぽかりと口を開け、すぐに微笑んだ。花咲く笑顔で。





「何をしている」

いかに深い情緒に心を浸そうとも、彼が辺りへ広げた警戒の網を畳むことはない。彼が眠っているものだとばかり思い込んだのか、体から少しだけ離しておいた荷物に手を掛けた辺りで老人が動作を止めた。いや、止めざるをえなかった。少しでも動けば喉に鋭利な刃が食い込むように剣を向けられては、誰しも動けるわけもない。しかも、一切の刃が擦れる音も気配すらもなく抜き身を向けられたりしては、息を呑むことすら難しい。

「あ、いや、ハハハ。誤解じゃよ、誤解」
「百合の香に免じて赦す。……立ち去れ」

運良くも胴体と首が二つに分かれずに済んだ老人は、自らの手荷物を引っつかむと猛烈な勢いで走りだし、闇に溶けていった。きっと今頃、「なぜ睡眠薬が効かなかったのか」と彼の脳は疑問符で埋め尽くされているに違いないのだ。呆れたように鼻を鳴らして、姑息な物盗りを見送ると、彼は剣を横に置きゴロリと横になる。ちょうど目を向けた方向に輝く星は、あの夜と同じもの。

 ――ずっと、"此処"にいればいいのに

確か「そうしたら、寂しくないです」と言っていた。離れ離れになるまで「寂しい」のは彼女だと信じて疑わなかったが、もしかしたら、と今思う。彼女の香りに抱かれながら、彼は再び目を閉じた。

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「剣士ミホークと第三の寵姫」(written by まり緒)


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