ハレム企画 過去の物語(名前変換) | ナノ
=序章「現王ローとハレムの女たち」=


「おい、そっちのサッシュをよこせと言ったろ。なんでその色にするんだ」
「僭越ながら、時期的にその腰布は奇抜すぎるかと思いまして……」
「時期? そんなの知ったことか」
「でも、今晩は隣国からの使者が……」

房飾りが気に入らぬ。俺はもっと派手な方が好みだ。その色とこの色が合うと言うが、暗闇だと目立たねぇ等々。誇り高き王と、衣装係の侍女の攻防は、ここ最近の衣装室の名物だった。そんなに彼女の用意する衣装が気に食わぬのなら首を一つすげ替えれば済むだろうに、そうはしないのは、王自身、寡黙だが職務に忠実な侍女を気に入っていることに他ならない。彼女の見立てる衣装は、彼の趣味とは若干異なるところはあるものの、周囲にはすこぶる評判がよろしいため、王も悪い気はしていないのだ。なお、2人の"じゃれあい"には"、いつも程よいところで邪魔が入る。だが、王は邪魔した者の首を斬るでもなく喜んで迎え入れる。とびきりの笑顔とともに。

「ロー様、今日もご機嫌麗しく何よりです」
「ラーレ! 聞いてくれ、この生意気な侍女風情が俺に逆らう」
「あまりヴィオラを困らせてはなりませんよ。貴方にこんなにも忠実な者を。可哀相だと思いませぬか?」

近隣に広く属国を所有する国の傲岸不遜なる現王も、自らを慈しみ育ててくれた美貌の乳母にはからきし弱い。清らかに嗜める声音に反論することもなく、黙って侍女ヴィオラが用意したサッシュを巻かせることとなった。

「とてもお似合いですよ、ロー様」

いつか西国で見た春の花のように、ふわり柔らかく微笑む乳母に、彼はフンと鼻を鳴らした。





中庭に差し掛かると、清浄な芳香が鼻をついた。渇いた国とは思えぬほどの茂りを見せる庭で、王は大きく息を吸う。彼の国から比べれば取るに足らない小国から捧げられた女ではあったが、なんとも予想外の能力を持っているものだ。「"緑の手"を持つ女だ」と皆も噂するとおりの庭園が広がる中庭は、彼の目下気に入りの場所であった。

緑と水に混じって香ってくるのは、今が盛りの大輪の艶やかな花。確かここを造った寵姫の名と同じだった。どこか官能的な蠱惑的な香りは、寵姫ローザと驚くほど似通っている。しばらくぶりに閨に呼ぶかなどと他愛もないことを考えつつも、連鎖的に思い起こされるのは目下彼の寵を争う筆頭である女たちの顔・顔・顔。

昨夜の宴で見事な踊りを披露した2人は寄ると触ると喧嘩ばかり。どちらを選んでもしこりが残りそうで、昨晩は結局独り寝と相成ったわけだが、「月のない夜にはベルセリア、月のある夜にはカトレアと決めているんですか」と、謹厳実直なる側近に真顔で聞かれる辺り、自分でも何らかの意図で選んではいるらしい。深く考えたことなどなかったが。

大広間を通ろうとして、彼の目に入ったものは件の2人。気位の高い猫、野性味の抜けない猫。睨みあう可愛らしい女たちに笑みを誘われ、王は迂回する道を選んだ。





迂回した先の厩の辺りで見知った顔を発見し、しばらく観察するのはほぼ彼の日課のようになっていた。ぎこちなくも乗馬が様になってきたのはナーシサス。可憐な花の名を持つ彼の実の娘だ。日に日に亡き母に似てきた彼女を遠くから眺めていることを、彼女はおろか周りも知らない。"女"を扱う技術には長けてはいても、"娘"など、どう扱っていいのか分からないのだ。

娘の隣で楽しげに馬を操っている娘も、この辺りでよく見る顔だった。パシティアといったか、恭順の意で差し出された娘だが、彼の寵を競うでもなく、こんな処で馬術に興じる辺り彼の興味を引いた。だが"女"という眼差しで見る事ができるかどうかはまた別問題だ。大体、わざわざ花を摘む必要などない。ここでは盛りの花が、いい頃合に花束に作られ、彼に差し出されるのだから。





「で、いつ行かれるんです」

王に対し、ここまで不躾な口を利く人間は少ない。乳母子という気安さからか、側近である彼は王にも全くの遠慮がなかった。

「そのうちな」
「具体的な日取りをお教えください」

ぺらりと羊皮紙をめくり呟く側近の声は低い。怒りの合図だというのは、幼い頃から彼と一緒だった王にはよく分かっていた。この男を本気で怒らせてしまえば、後が大変だということも。

「……月が満ちるまでには行く」
「分かりました。使者を送っておきます」
「お前、本当に仕事が速いな」
「恐れ入ります」

豪奢な刺繍が施されたクッションに身を預け、彼は笑った。結局のところ、皮肉にも全く動じない側近の物言いは嫌いではないのだ。離宮に住む先王の寵姫は確かに美しい女だが、大人しいばかりで(少なくとも王にはそう見えていた)、打てば響く快活さというものに乏しい。尊重せねばならぬ立場ではあるので、時折ご機嫌うかがいには行くものの、大概それだけであった。男と女の関係、と言えるほど艶めいたものなどない。

「そうだ。"あいつ"の部屋は移したのか」
「あいつとは」
「ダリア」
「とうに移っていただきました。お体に障りがあっては大変ですから」

淡々とした返答に、王は頷きを返す。"幸運にも"彼の子を宿した寵姫が、このほどハレムの規則にのっとり身分が上がることになったのだ。長く空席だった正妃の地位が埋められたことはハレムの女たちを刺激しており、元のままの部屋では"最悪の事態"が起こらないとも限らない。

 一見煌びやかだがな、ハレムは"毒蛇の巣"だ。忘れるな

毒蛇たちは麗しき毒を携えて、相手を食らう。そうして相手の毒をも取り込んでいくのだ。最後に出来上がるのは全ての毒を持った大蛇なんだよと、いつだかの宴の席で冗談交じりに呟いた先王の様子を彼は思い出した。彼の口元は笑いの形状をとってはいたが、瞳は鋭さを宿していたことも。

なお正妃ダリアを思い起こしたのは、単に"男と女の関係ではない"先王の寵姫からの連想だ。腹に子を宿した女を抱く気にはなれず、しばらくダリアの閨からは遠ざかっている。母体を案じてというのが表向きの理由だが、彼がダリアを閨から遠ざけた理由を、側近ペンギンは重々承知していた。

「……そろそろ、用意しておけよ」
「はい。使者との謁見が済んだ辺りを空けておきます」

肝心の単語は語られないが、2人ともよく解っていた。月に一度、花を抱え馬を駆り、王が目指す場所は一つだったから。

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序章「現王ローとハレムの女たち」(written by まり緒)


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