ハレム企画 過去の物語(名前変換) | ナノ
=王子キッドとルフィ、
  そして王の娘=



"雨待ち月の祭"において、皆に祝福を与える雨の女神として登場するのは王族の姫君というのは古来より続く伝統だ。特に今年は祭が始まってちょうど100年という記念すべき節目の年であるので、女神役は王族直系としてただ一人の姫、**にお鉢が回って来ることとなった。数えで6歳。愛らしいばかりの年頃の姫が、煌く冠を戴き、杖を懸命に操り、鈴の音を振りまいて雨を呼ぶための祈りの文句を唱える姿は、寺院前広場に集まった全ての市民を魅了したのだった。





食料から日用品、日常要りようの物が何でも揃う青空市場は町のそこかしこでほぼ毎日開かれている。この市場もその一つだ。景気のよい呼び声が辺りに飛び交い、両肩に天秤棒を持った行商やら、荷車を引く忙しなさそうな配達屋やら、日常の買い物に来た女たちやらで賑わっていた。

「なぁ、あっちも見よう!」

一人の少年が、フードを被った小さな少女の手を引いて市場の人込みを縫っていく。彼の勢いよすぎる歩調についていくのが精一杯という風情の少女を見かねたのか、2人をすぐ後ろから見守っていたやはりフードを被った男が強めの声を投げた。

「おいルフィ、もう少しゆっくり歩け。**が転んだらどうすんだ」
「俺が手ぇ握ってっから大丈夫だ!」
「……ゆっくり歩かないと、旨そうなもの見逃すぞ」

この一言の効き目は絶大だった。それから少年は闇夜に塀の上を歩く猫のごとく慎重な歩みを見せ始めたからだ。彼のあまりの変わりように、男は、後ろに静かに控えていた側近と笑いあった。少女はほっとしたのか、振り向いて、フードの下から後ろの2人に笑顔を見せる。広場で見せていた緊張した際のぎこちない微笑みとは違う、心落ち着いたときにのみ見せる少女の笑顔は見る者をすべからく魅了するものであった。それはこの男達とて例外ではない。

「**」
「はい、キッド叔父様」
「何でも好きなもの買ってやるぞ。なぁキラー?」
「違いない」
「やったあ! 俺な、俺なぁ、あの店の果物全部!」
「ルフィ、お前は少し遠慮しろ」

他愛もない会話を気に留める町人などいない。それをよいことに、彼ら4人は旬の果物を売る屋台の前でしばし「どの果物を買うべきか」という議題を論じていた。結論としては「**が食べたいものにすればよい」と決まったので、彼女の好みの果物を一抱え持って、彼らは市場を後にした。





町外れの高台は幼い頃からキッドとキラーがよく訪れる場所だった。愚にもつかないことから将来のことまで、ここでよく彼らは話し合ったものだが、今日のこの場所はいつもの静けさとは無縁だ。

「ルフィ! 一気に食うなっつってんだろ」
「らってよ、ほへ、ふへーふめぇ」
「異国語か」
「違いない」

ルフィが、熟れきって蜜すら吐き出している南国の果物を次々と平らげていく間、**はキラーが切ってくれた一切れを大事そうに頬張って何度も噛み締めている。「よく噛んで食え」と事あるごとにキッドが言い含めているせいで、彼女の食事のペースは誠に遅いものであった。なお、ルフィに取られないように**の分は別に取り分けてあるので、別段急ぐ必要はない。彼女もそれを知っていて自分の咀嚼を速めるような真似はしなかった。彼女は、叔父であるキッドを大層信頼しているのだ。

「旨いか?」

幾度も熱心に頷く姪を見て、キッドは微笑んだ。ただ、いかに上品に食しているとはいえ未だ彼女は6歳。汁気の多い果物故、どうしても口の周りと、それに手が汚れてしまう。心得ているキラーが、キッドに革の水袋を渡した。彼は水袋を受け取り、手にしていた布を豪快に濡らしてから手際よく絞る。

「ほら、こっち向け」

一切れ食べ終わった辺りを見計らって、キッドは素直にこちらを向いた**の口の周りを拭ってやる。柔らかな布の感触がこそばゆいのか、彼女は拭かれながらクスクス笑い、身をよじった。注意するキッドの口調は厳しいが、口元は笑っており、その手つきは優しい。

「こら、綺麗にならねえだろ。少し我慢しろ」
「キッド叔父上ー、俺も俺もー!」
「お前はな、いくら拭いても無駄だ。後で水浴びでもしとけ」
「やったー! 水浴び水浴び!」

小鳥を鳥篭に返すまでの僅かな自由を、キッドは懸命に守ろうとしていた。彼女の身分も為すべき義務も十分解ってはいたけれど、"少女"にふさわしい思い出をつくることの何がいけないというのか? 他の娘ならば簡単に得られる年相応の思い出とやらを与えるために寺院から宮殿に戻るまでの**の警護を買って出たのも、そういう意図にほかならない。

「キッド叔父様」
「何だ」
「とっても、おいしかったです。ごちそうさまでした」

――この笑顔を守れるなら叔父としてあらゆるものを与えてやろう。たとえ少女の父が与えられるものには及ばなくても。

「よく言えたな」

簡潔に褒めると、キッドは素直な**の髪を何度も撫でた。





「あいつらは、仲が良いな」
「結構なことですわ、ロー様。ご覧なさいませ、**様のあの笑顔」

寺院での勤めを終えて帰ってきた4人を見守る、宮殿の中の瞳は4つ。一組は興味なさげに、もう一組は細められ。だが小さな宝を大事に思っているのは一緒なのだ。片方は至極解りにくいものではあるが。

「……ああいう顔も、するんだな」

乳母が自らの職務を果たすため出ていった後、窓から4人を見下ろす男は呟いた。声音に込められた複雑な響きは、少女にはまだ解らない。

*****
「王子キッドとルフィ、そして王の娘」
 (written by まり緒)


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