明日の恋サンプル




「ただいま」
 誰もいない真っ暗な部屋に向かっていつものように言い灯りを点ける。
 一階のロビーにある郵便受けから取ってきた郵便物とコンビニで買った弁当をテーブルに置いて遮光カーテンを閉めテレビの電源をオンにすると、見たこともないお笑い芸人がネタを披露していた。
 決してお笑いが嫌いなわけではないのだが効果音の作り笑いが今の宍戸には耳触りで、ザッピングしたあとすぐにテレビを消して先に風呂に入ることにした。
 脱衣所に向かおうと一瞬視線をテーブルに向けると、無造作に置かれた郵便物から見慣れた文字を見つけて咄嗟に手に取ってしまう。
 それは往復はがきになっていて、差出人には『氷帝学園テニス部OB会、幹事一同』と書いてある。往復はがきを開くと思った通りOB会の案内と出欠の有無が印刷してあり、会場は三年前のOB会と同様跡部の系列会社の有名なホテルだった。
「…欠席、と」
 宍戸はさも当たり前のように呟きながらはがきをテーブルに投げ捨てると脱衣所に向かった。
 久しぶりに当時のメンバーに会いたい気持ちもあるのだが、どうやったってあの後輩を気にしてしまい楽しめないだろうと三年前も思って、そして今回も同じことを考えている。
 いい加減昔のことなんか忘れて何事もなかったかのように接することが出来ればいいのだけれど、生憎あの後輩に対する想いを捨てきれていない宍戸にはそれすら簡単なように見えて難しいことだった。
 しかも相手にひどいことをしたのは宍戸の方だ。今さらどの面下げて会うことが出来るだろう。
 もうあいつに会うことはない。事情を知っている忍足にたまに話を聞いてそれで遠くから幸せを祈ることで満足するよう自分に言い聞かせている。
「長太郎より好きになる人が現れるのかな…」
 湯船に浸かった宍戸は指を組んで伸びをしたあと瞼を閉じて天井を仰いだ。
 脳裏に浮かぶのは二十六歳の鳳長太郎。大学卒業以来会っていないが長身にあのルックスだとさぞかしスーツが似合う男になっていることだろう。
 声にも渋みが出てきただろうか。少し高めの懐っこい声が耳元で再生される。
 気付けば隣にいて、宍戸さん宍戸さん、と名前を呼ぶときの鳳の声と顔は今思い出しても恥ずかしくなるくらい甘かった。
「おっ…と…」
 油断して一瞬寝てしまったのか、身体が滑って顔をお湯に思いっきりつけてしまった。
「危ねえ…、溺れるところだった」
 現実に引き戻された宍戸は、鳳より好きな人が現れるかと自問しておいて目を瞑ると思い浮かべるのは鳳の姿なんだと気付かされ、苦虫を噛み潰したような顔をしながら気怠く浴槽から上がった。
 逆上せ気味になりながら浴室内の鏡を見てみれば、いつもは見えない首とこめかみの古傷がほんのり赤く浮き出ていた。
 宍戸は首の古傷に指を這わせ、そして盛大にため息を吐いた。





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