chocolate smile 1
宍戸がそのことを知ったのは二月に入った頃、慈郎がどこからか仕入れてきた情報を面白そうに話してきた時だった。
「鳳の誕生日ってバンレンタインデーだって知ってた?」
「…へっ?」
「アイツらしいよな、バレンタインが誕生日って。チョコいっぱい貰えるんだろうなあ…うらやまC!」
「バレンタインって…、2月14日か…」
たくさんのチョコに埋もれる想像でもしているのだろうか、両肘ついて明後日の方を向いている慈郎の隣で宍戸は鳳の顔を思い浮かべる。
宍戸さん、といつもふわっとした笑顔で話しかけてくる鳳は確かにバレンタインが誕生日と突然言われても違和感が全くない。
そういえば自分の誕生日に鳳からミントガムと花束を貰ったなと思い出しては、あの時のなんとも言えない気分を掘り起こしてしまった。
常識的に考えてほかの三年より少し仲の良い先輩、しかも男の先輩に花束なんて渡すだろうか、と。
宍戸は半ば無理矢理突きつけられたその花束と顔を真っ赤にしながらギュッと目を瞑っている鳳を交互に見て、これを受け取ったら何かあるのだろうかとその短時間のうちに考えを巡らせ、結局鳳に根負けしてその花束を受け取ったのだった。
しかし鳳の口から発せられたのはお誕生日おめでとうございます、ただそれだけ。
宍戸が受け取ってくれたことに満足したのか鳳は真っ赤な顔はそのままで笑顔を見せて去っていった。
鳳の背中を見つめながら、宍戸はハッと我に返る。
俺は長太郎に何を言われると思っていた?
何を期待していた?
そこに思い至ったときに悟ったのだ。
長太郎は純粋に先輩として俺のことを慕っているのだと。
そして俺は不純にも長太郎にほんの少しの好意を寄せているのだと。
「…ほんの少し、かよ」
「ん?宍戸なんか言った?」
「なんも言ってねえよ」
慈郎の問いかけを投げやりに返して、宍戸は鳳の誕生日に何が出来るか考える。
相手に不審がられずに、こちらの気持ちを悟られずに、うまく贈り物をただの先輩のように渡せるか。
最初から一方通行なこの想いは鳳にとってはお荷物なだけなんだと、宍戸は誕生日に貰った花が枯れていくと共に自分に言い聞かせ受け入れた。
だから単に花束のお礼がしたいだけなんだ、宍戸は今日の放課後鳳と帰るときに何食わぬ顔が出来るよう自分を納得させた。
「長太郎、お前の誕生日ってバレンタインデーなんだって?」
「…えっ、は、はい」
帰り道の途切れた会話の合間に突然言い出した宍戸の言葉で、鳳は驚いた表情を張り付け足を止めた。
宍戸はそんな鳳を振り返りながら、今までなんで黙ってたんだとわざと不機嫌そうに言った。
「だって…自分の誕生日なんて催促してるようで教えられないっすよ」
「でも慈郎が教えてくれなかったら長太郎の誕生日スルーするとこだったじゃねえか。俺の誕生日にしてくれたお礼、きっちり返さなきゃな」
「そんなお返しなんて…あれは俺が勝手に…」
「じゃあ俺も勝手にするぜ」
「宍戸さん…」
「それにしてもバレンタインが誕生日って出来すぎだよな!チョコとかプレゼントとかたくさん貰えるんだろうし…お前なにか欲しいもんある?」
「…リクエストしていいんですか?」
「おう!あんま高いもんは無理だけどな。ほら、先輩に言ってみ?」
鳳は一呼吸おいて宍戸の隣に並び、見上げる宍戸の瞳を見つめながら口を開いた。
「チョコが、欲しい…です」
「……チョコ?」
「はい。宍戸さんからのチョコ…、ダメですか?」
なんでよりにもよってチョコなんだよ。
バレンタインにチョコをリクエストされたら、ほんの一瞬だけでも期待しちまうだろ。
鳳の要望にノーと言えない自分がいることはずっと前から知っている。
宍戸は肩の力を落として、しょうがねえなという態度をするしかなかった。
「…安もんでもいいのなら」
「ホントにいいんですか!?やったー!楽しみだなあ」
「長太郎、男からチョコ貰うのそんなに楽しみか?」
「だって宍戸さんからのチョコですもん」
「…っ…」
無邪気に鳳の口から発せられる言葉の数々は宍戸の心を痛めつける。
こんなに痛い思いをするのならと枯れた花束と一緒にいろんな想いを捨てたはずだったんだけどな、一度生まれてしまった想いを捨てるなんてそんなに簡単なことじゃないよな。
「忘れないでくださいよ!」
忘れるわけねえだろ、その日にそのプレゼント。
「忘れたらゴメン」
「前日にメールします!」
「お前催促するの気が引けるとか言ってなかったか?調子いいな」
「そういえばそうですね」
鳳がおどけて笑顔を見せれば宍戸も慣れない作り笑いを張り付けてその場はどうにか取り繕う事が出来た。
鳳と別れた後も胸のあたりはずっと嫌な痛みが消えないまま、後輩の真意と自分の胸の内を秤にかけても答えなんて出てくるはずもなく、出てくるものと言えば何回も繰り返されるため息だけだった。
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