わたしばっかり年をとってゆく。そんな気がする。気のせいだってわかってるけど。

「ちーちゃん誕生日おめでとう。またひとつオバサンに近づいたね」
「うるさいなあ、年下のくせに生意気じゃない?」

 この会話を繰り返すのも、すっかり今日という日の毎年のお約束になっている。四月に入って間もない今日、わたしはまたひとつ年をとった。いつもと同じように満開をすこし過ぎた桜の花に囲まれて迎える誕生日。誕生日にはそれほど思い入れはないし、むしろ好きではない方だけど、それでも桜の花が見られるのはこの時期に生まれた人だけの特権だと思うから少しだけ嬉しい。ほんとうに少しだけ。

「圭太こそ、高校入学おめでとう」

 付け加えた台詞は、当たり前だけど毎年のお決まりのパターンに入っているものではない。風は強いけれどよく晴れた今日、圭太は高校生になる。めでたい日だ。日付が今日でなかったら、たとえば昨日だったら、もっと心を込めておめでとうを言えていただろう。けれど今日は、お祝いしようという気持ちより先に心を突き刺す事実がある。圭太はまだ高校生としての一歩を踏み出したばかりなのに、わたしはもうこんな年になってしまったのだ、という、冷たい現実だ。

 誕生日が好きではないのは、こうやって自分の年齢を再確認させられる日だからだ。客観的に見たら年齢を気にするにはまだ若すぎるだなんて、そんなことはよくわかってる。それでもわたしには大問題なのだ。だって、今日という日は好きなひととまたひとつ年が離れる日なのだから。

「ありがとー。入学式暇だったー」
「緊張感ないなあ」
「だって知らない人がしゃべってるだけじゃん」
「そうだけどさ……っていうかそれだけじゃなくて、家まで帰る道がわかんないってありえないでしょ」
「いや、だってこの辺道がややこしいんだもん」
「今日はわたしが来れたからよかったけど、明日からどうするのよ」
「んー……まあなんとかなるっしょ」

 あっけらかんと笑いながら、圭太は駐車場に向かってふらりふらりとわたしの隣を歩いていく。この四歳年下の、いや今日で五歳年下の幼なじみのやたらとのんきな性格は昔からまったく変わっていない。いくらわたしが頼りないと文句をつけても、改善の兆しは見えないままだ。

 ごおおっ、とものすごい音を立てて、風が駐車場を囲むように植えられた桜の木を揺らす。花びらが巻き上がる。

「あー、もったいない」

 隣の圭太が小さくそうつぶやいた。たしかにもったいない。つい昨日までは地上に落ちた薄桃色の雲のようにもこもこと木々を彩っていた桜の花も、昨晩から吹き荒れている東風がずいぶんと乱暴だったせいで、なんだか貧相に見えるほど無残に散ってしまいつつあった。このぶんだとあと二、三日しかもたないだろう。

(……わたしがいるから、散っちゃったんだ)

 わたしが年をとったのに、桜が歩みを合わせてしまったのだ。ちいさい頃からそうだった。桜の花が散るのはだいたいわたしの誕生日の当日か、遅くても二日後。科学的に言ったらそれはきっと気候だとか緯度だとかそういうもののせいなのだろうけれど、いつからだろう、わたしの中には自分が年をとるから桜も散ってしまうのだという非論理的な理論がなんとなく芽生えていた。

 誕生日に桜の花が見られるのはこの時期に生まれた人の特権だから少しだけ嬉しい。――嬉しいけれど、やっぱりわたしは誕生日が好きになれなかった。桜が散る日だから。ひとつ年をとる日だから。そして、好きなひとと、圭太とまたひとつ年が離れる日だから。四歳年下、しかも三月下旬生まれである圭太と四月生まれのわたしはほとんど完全に五歳差になる。オバサン、なんて冗談めかして言われるのにも、悲しいことに慣れてしまった。圭太にとってわたしはオバサンなんだ、恋愛対象になんか入りっこないんだ、そう改めて気づかされるから誕生日は嫌だし、どれだけそう思っていても年に一度やってくるものだからさらに嫌だ。

 桜の花びらがまたひとすくい風にさらわれてゆく。それを目で追う圭太をわたしも目で追う。

 世の中には四歳差、五歳差、もしかしたら十歳差のカップルだってごまんといるのかもしれないけれど、わたしのまわりの友達はみんなたいてい同級生やひとつかふたつ上の先輩と付き合っている。かっこいいと思うひとを挙げようという話題になったら、みんなの口から飛び出すのはいつだって隣のクラスのだれそれくんとか、サッカー部のキャプテンのだれそれ先輩とか、そんなひとばっかりだ。年下の幼なじみの男の子と付き合いたい、なんて、大真面目な顔で名前を挙げるのはわたししかいない。自分でもばかみたいだってわかってる。わかってるのに、今年もまた彼を好きなわたしのままで春を迎えてしまった。

「そういやさ」
「ん?」
「今年、この街で桜の開花日になった日って、俺の誕生日だったんだよね。知ってた?」
「うーん……開花日は覚えてないなあ」
「そっか。でも俺、ちょっと嬉しかったんだ。なんか特別感あって。だから散っちゃって残念」
「なんかいいよね、桜が咲くのと同じ時期に生まれたって」
「だよなー。でもちーちゃんの誕生日は満開の時期だから、俺よりもっと特別感ありそう」
「……そうなのかな。よくわかんない」

 少しちいさな声で、わたしは嘘をつく。特別といえば特別だ。桜が咲いていることそのものは嬉しい。圭太を好きなわたしじゃなかったら、きっと誕生日を彩る満開の花に喜んで、散ってゆくのを素直に惜しんでいたのだろう。それでも圭太のように特別だとまっすぐに言えないのは、この日に合わせるかのように散ってゆく花だからだ。年をとったことを、圭太との距離がまた離れてしまったことを思い知らされるからだ。

 風はどんどん強さを増して、吹雪かと思うほどの勢いで桜の花びらをさらってゆく。春の嵐というやつだろうか。うなる風の音にかき消されないよう、わたしは少し声を張って圭太に呼びかける。

「あ、車あった。はい乗って」
「はいはい、どーも」
「感謝の気持ち込めてないでしょ……」

 適当な返事をしながら圭太はちゃっかり助手席に乗り込む。まったくもう、などと愚痴をこぼしながらわたしも運転席に座って、エンジンをかけた。静かに車が動き出す。

「ちーちゃんまじで運転できるんだ、大人だね」
「そうかな。免許取るのは普通だと思うけど」
「へー。さすがオバサン」
「うるさい、高一坊主」

 わたしばっかり年をとってゆく。そんな気がする。一年にひとつ年をとるというのは誰でもみんな同じだけれど、それでも圭太の隣にいるとわたしだけがどんどん年をとっているような気がしてならない。たぶん桜の花びらたちのせいなのだろう。せっかく咲いたのに、たった二週間かそこらで散ってゆく花。風にさらわれむなしく地面に落ちて色あせてゆく花びらたちが、また離れ離れだね、さよならだね、とささやいてくるせいなのだろう。





*Webアンソロジーさくやこのはな様に提出

九十六番「花さそふ嵐の庭の雪ならでふりゆくものは我が身なりけり」を担当させていただきました。ありがとうございました。

2017年3月20日 蛍里あおば




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