あの世界には何だってあるんだ。平和も理想も笑顔も魔法も未来も。ここには無い何もかもが向こうの世界にはある。

「好き。他の誰よりも、あなたを愛してる」

 微かな呟きは僕に向けられたものじゃない。薄暗い部屋でカーテンをぴっちり閉めて、君はモニタとにらめっこしてる。向こうの世界と繋がりたいって、叶うことなんて有り得ないシンプルな願いを胸のうちに秘めて。この世界から逃げ出したい、ただそれだけを祈りながら君はこの薄暗い部屋にひとりぼっちでうずくまってる。

「そんなに?」
「あなたがいなきゃ生きていけない」

 君は僕の存在に気付いているんだろうか。それすらもなんだか怪しい。君はとうの昔にこっちの世界に見切りを付けているんだから、ね。

「こっちの世界に生まれなきゃ良かった。あなたと生きたかった。向こうに生まれ変われたらいいのに」
「……駄目だよ」
「あたしの王子様なの、あなたは。ねえ、そうでしょう、あたしを愛してるって言ってくれたじゃない」

 違うんだ。王子様なんてさ、いないんだよ。知ってるだろ? あっちの世界に、そんなのいないんだ。いくら愛を囁いたってそれは君に向けたものじゃない。何百人、何千人ものこっちの世界の人に、あっちの世界から勝手に届けてる、ただの意味の無い音声だ。

 あの世界には何だってあるんだ。平和も理想も笑顔も魔法も未来も。

 だけど、君ひとりだけを愛する人はいないんだよ。ねえ、こっちの世界にはそんなのたくさんいるだろ、例えば僕とかさ。

「戻っておいでよ、」

 そう呟いて僕はカーテンを開けた。





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