「で、この後はどこ行きたいの?」
「えっとね、駅前のショッピングセンター!」

 さりげなく手を握りながら理恵は満面の笑みで裕也の問いに答えた。付き合ってから三度目のクリスマスだが、ふたりきりで過ごすのは初めてのことである。本当は今年も特に予定を入れるつもりはなかったのだが、理恵が好きなバンドが裕也の住む街のCDショップでアルバム発売記念のイベントを開くことになり、それに参加するついでに買い物に行きたいから一緒に行かないか、と三週間ほど前に誘いを受けたのである。もちろん裕也に断る理由などなく、イベントが終わってからCDショップの前で待ち合わせをすることに決めた。決めたのだが、

(……大学の奴に見られたらどうしよう……)

「なに顔しかめてるの?」
「あ、いや、なんでもない。ごめん」

 どうやら不安が顔に出てしまっていたようだ。裕也は慌てて謝り、できるだけやわらかい表情を作ろうとする。

 もちろん、理恵のことを友達に紹介するのが恥ずかしいということでは決してない。約三年間付き合っていてもなお理恵が素晴らしい恋人だという認識はまったく変わっていないし、むしろ一緒にいる自分のことの方が恥ずかしいくらいだ。

 それでも、クリスマスに恋人とデートをしているところを見られるのはやはり照れくさい。理恵も恋人がいることを意味なく言いふらしたりはしないタイプだから、直接聞いたことはないがきっと似たような感情を抱いているだろう。だからこそ今回の誘いにはひどく驚かされた。なんだか非現実的にさえ思える――などとぼんやり思いながら歩いていると、ふいに理恵が少しだけ笑いを含んだ声でつぶやいた。

「自分から誘っておいてあれだけどさ、正直あたし、吉岡がほんとに来てくれるって思ってなかったなあ」
「え?」
「吉岡はデートしてるとことか絶対人に見られたくないタイプだと思ってたから」
「……まあ、そうだけどさ」

 なぜわかった。あやうくそう返しそうになる。やっぱり、と理恵はいっそう明るく笑った。

「ほんとに付き合ってもらっていいの? 嫌なら一人で買い物してくるよ、あたし」
「……嫌なわけないだろ」
「ほんと? よかった」

 ほっとしたような笑顔がいつもよりかわいらしく見えるのはなぜだろう。クリスマスムードに満ちた街中はおしゃれをした若い女性たちでいっぱいだったが、裕也の目には理恵しか入らなかった。いつものことと言えばいつものことなのだが。




 理恵のお目当てのショッピングセンターは今年開店したばかりの真新しい施設で、若者向けのアパレルショップが多く並んでいるのが売りだった。ファッションフロアはやはり若い男女でいっぱいだったが、理恵は服が欲しかったわけではないらしい。ごった返すファッションフロアを突っ切って、人混みも多少まばらになってきた建物の端のあたりで立ち止まった。

「ここ?」
「うん」

 そこは落ち着いた雰囲気の雑貨店だった。かすかにジャズミュージックが流れる店内にはぬいぐるみや写真立て、食器類、小さめの観葉植物などのちょっとしたインテリア類が並んでいる。理恵はその中でも置物を集めたコーナーを目指して歩いて行った。

「これをね、大人買いしちゃおうかなって思って!」

 弾んだ口調でそう言いながら理恵が指差したのは、さまざまなポーズをとる愛らしいミニチュアの猫たちだった。どうやら全部で十種類もあるらしく、理恵は重複しないように慎重に猫たちを選んでひとつずつ丁寧に買い物かごに入れていく。

「そんなに猫好きだったっけ?」
「好き! 大好き!」

 弾んだ声でそう返され、ほんの少しだけもやっとする。俺だってこんな風に好きって言われたいのに、などとモノ相手にほのかな嫉妬心を抱いてしまう自分に苦笑が漏れた。普通の口調に聞こえるよう注意しながら相槌を打つ。

「へえ、知らなかった」
「帰ったらこれ全部並べて飾るの。楽しみだなー」
「よかったな、見つかって」
「うん! ついてきてくれてありがとうね、このあたりだとここにしか置いてないみたいだったから来れてよかった」

 イベントのおかげでもともと機嫌のよかった理恵はさらにご機嫌になっていて、笑顔がいつも以上にきらきらと輝いているように見える。

(……キス、したい、な)

 ふいにそんなことを思った。




 冬の夕暮れは早く、気がつけばあたりはもう真っ暗に近くなってきていた。もともと集合が遅かったのもあるが、やはり裕也と一緒にいるのは楽しくてすぐに時間が過ぎ去ってしまう。

「はー、晩ごはんどうしよー」

 軽く伸びをしながら言うと隣の裕也が駅の方向を指差した。

「あっちの方行ったら、ファミレスとか居酒屋とかいろいろあるけど……でもクリスマスイブだし、空いてるかどうかは微妙だな」
「そうだねえ」

 十二月二十四日という日の夜ともなればただでさえ混雑だろうに、今年はそのうえ土日と重なっているのだ、確かに手近な飲食店はもう大方満員になっているだろう。実際、まだ夕食には少し早い時間帯だが、待機列ができている店もぽつぽつと見受けられる。

 もし吉岡が世間の恋人たちのようにクリスマスデートを重要視するタイプだったら、きっと今ごろはきちんと予約を取ったレストランに入っていられたんだろうな、と理恵はふと考えた。そういうことを求めるタイプではないのだが、大学の友人で恋人がいる子はみんな嬉しそうにクリスマスの予定を話しているし、去年は彼氏がサプライズでホテルのレストランに連れて行ってくれたんだとのろけ話をしてくる友人もいるしで、裕也に文句をつけているわけではないのだがついつい比較してしまう。

(サプライズしろとは言わないけど、してくれてもいいのにな)

 ほんの少しだけ、胸のあたりにもやもやするものを感じる。わずかに沈んだ気持ちのまま、周りのものなどろくに見ないで裕也のあとをついて歩いていたので、急に立ち止まった裕也の背中に危うくぶつかりそうになった。慌てて気持ちをこちら側に引き戻し、どうしたの、と尋ねる。

「いや、やっぱどこも入れなさそうだからさ……三浦が良ければだけど、俺んちとか、どう?」
「え、」

 てっきり今日はもう解散にしようと言うのかと思っていたから意表を突かれて、理恵は思わず聞き返した。自分の提案に引いているとでも考えたのだろうか、裕也が言い訳をするように言葉を重ねる。

「いや、嫌ならいいんだけど……冷蔵庫の中に野菜とか肉とかいろいろ残ってるから一緒に作ってもいいし、スーパーでなんか買ってもいいし、とりあえずそっちのが早く済むかなって」

 裕也の家には今までも何度か上がったことがあるが、一緒に何か作って食べるというのは初めてだ。おしゃれなレストランでサプライズディナー、というわけではないけれど、家でのんびり過ごすのも楽しそうだと気持ちが一気に上向きになる。

「確かに。じゃあ……お邪魔してもいい?」
「もちろん。あんま綺麗じゃないけど」
「いいよいいよ」




 夕食のメニューは鍋に決まった。クリスマスらしくはないが、今日は寒かったからちょうどいい。狭いキッチンでぎゅうぎゅうになって準備をし、こたつに入ってテレビを見ながら鍋をつついてデザートのケーキまで平らげ、しばらくくつろいでいるとあっという間に三浦家の門限の時刻が近づいてきた。

「ごめん、あたしもう帰らないと……」

 まだまだ物足りない気分ではあったが、ここから自宅の最寄り駅までの時間、そして駅から家までの時間を逆算するとそろそろ出発しないと間に合わないという時間になってしまい、理恵は仕方なくそう切り出した。世間の大学生からしたらまだかなり早い時間なのだが、心配性の両親に気を揉ませるわけにもいかない。

「ああ……そろそろか」
「うん、ごめんね」
「謝ることないだろ」

 残念そうな表情をしながらも、門限があるのをわかっているからか、裕也は素直に受け入れてくれた。帰り支度をする理恵の横でテレビの電源を落とし、駅まで送ってく、とややぶっきらぼうに言いながら自分のコートを羽織る。ありがとう、とつぶやいて理恵もコートの袖に腕を通し立ち上がった。

「寒いだろうなあ、外」
「だろうな。せっかく鍋食べたのに冷えそう」
「ほんとだね」

 そんな会話を交わしながらマフラーをぐるぐると巻いていると、裕也がふとその上に手を置いた。そのまま口元の布地を少しだけ引き下げる。

「え、なに?」
「……ちょっとだけ」

 そうつぶやいて、裕也は理恵に触れるだけのくちづけをした。時間を気にしたのか、ちょっとだけという宣言どおり、驚いて固まった理恵を置いて一瞬で唇が離れていく。ずらしたマフラーを元に戻すと、裕也は照れ隠しのように背中を向けた。

「……ごめん。行こうか」
「……もう、なんで謝るの」

 顔がにやけるのを抑えられない。初めてのキスというわけでもないのに、不意打ちだったからだろうか、とてつもなくどきどきした。とんでもないサプライズだ。弾んだ声を隠せないまま言葉を投げかけて、理恵は裕也の背中から抱き着く。

「いや……いきなりは嫌かなって」
「嫌なわけないじゃない。吉岡のこと大好きだもん」
「…………」
「あ、照れた」
「……照れてない」
「ばればれなんだからね、そんな嘘ついても」

 かすかに聞こえる壁掛け時計の秒針の音が、もう帰らないと、と急かしてくる。それでも理恵は聞こえないふりをして、裕也の腰に回した腕にほんの少し力を込めた。ちょっとだけ、と心の中で照れ屋な恋人の真似をしながら。



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元ネタは診断メーカーのクリスマスの夜!?【したいこと】と【されたいこと】
裕也→【したいこと】:キス/【されたいこと】:告白
理恵→【したいこと】:大人買い/【されたいこと】:サプライズ
でした。




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