例えるなら、あれは春のうたたねのような恋だった。静かなまどろみに包まれているような、そんな恋。完全に目覚めることも眠りに落ちることもできていない、夢と現実の狭間。

「鳴海くん」

 わたしの前をすたすた歩いていく彼の背中に、ちいさくつぶやく。鳴海くんがわたしを待ってくれることなんて、まったくと言っていいほどない。今日だってそうだ。ちょっと待ってよ、わたしはそんなに速く歩けないのに。そう思いながらも口には出せず、わたしは懸命に歩調を速める。

 告白はわたしからだった。もし彼女がいないんだったら付き合ってください、と、男女問わず人気者の彼に頭を下げた。いいよ、と鳴海くんは答えて、そこからわたしたちの関係は始まった。最初の二週間はこれ以上ないほどしあわせだった。心はいつだってさわやかにきらきらと晴れ渡って、数学の小テストで0点をとってしまってもへっちゃらだった。鳴海くん、鳴海くん、と、ずっと心のなかで唱えていた。

 けれど、気づいてしまったのだ。鳴海くんはそうじゃないということに。

 一緒に帰るときも初めてデートをしたときも、鳴海くんはわたしを待たずにさっさと歩いていってしまうし、電話もメールもいつもわたしからだった。数え上げたらきりがない。いつのまにか、友達ののろけ話を笑って聞けなくなっているわたしがいた。いままでは物足りないくらい短かった帰り道は、倍以上長く思われるようになった。帰り際に鳴海くんを引き留めることもしなくなった。何人かの友達に相談してみたら、別れたら、とみんなに言われた。ピンク色のしあわせな世界が崩れていくのがはっきりと見えた。いまもほら、足元から崩れ落ちている。

「ごめんね」

 鳴海くんの背中に向けて、わたしはまたささやく。

 ごめんね、わたしなんかに付き合わせて。でも、わたしから別れようだなんて言えない。そこまで自分勝手にはなりきれないの。だって、鳴海くんのそばにいられるのを望んだのはわたしでしょう? いつか鳴海くんが振り向いてくれるまでがんばるしか道はない。そう自分に言い聞かせて、わたしはまた鳴海くんのあとをついていく。今日も、明日も、来週も。

 どんなにまどろみの中にとどまっていたくても、いつかは目覚めなければいけない。もう朝が来たのだ。あのしあわせな夜は、もう去ってしまったのだ。

 いまのわたしは、目は覚めているけれど、もう一度眠りに落ちたいと願って目を閉じているようなものだ。目を覚まさなきゃ。そんなことわかってる。ずっと前からわかってた。それでもまだ夢のなかにいたいと願うわたしは、いけない人間なのだろうか。だらしない人間なのだろうか。

 どこかにきっとあるはずの目覚まし時計を探しながら、わたしはまた、目を閉じる。しあわせな夢なんかじゃないとわかっていても。窓の外はもう朝だとわかっていても。




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