出来上がった味噌汁を一口味見してみる。ちょうどいい味になっているのがわかり、理恵は満足して火を止めた。気のせいなのかもしれないが、独身の頃に比べたら料理がうまくなった気がする。おいしいご飯を食べさせてあげたいと思える存在ができたからなのだろうか。

 そういえば、その裕也がもうすぐ帰ってくるはずだ。そろそろ夕飯の準備を終わらせなければ。そう考えて食器の準備を始めたちょうどそのとき、チャイムが鳴った。いったん食卓の支度を中断し、玄関に向かう。

「おかえり」
「ただいま……」

 靴を脱ぎながら返事をする夫がずいぶん疲れているように見えて、理恵は思わず、どうしたの、と声をかけた。すると、振り返った裕也がふいに抱きしめてくる。いつもとどこか違う、しがみつくような抱きしめ方だった。

「え……裕也?」

 戸惑って名前を呼んでみても返事は返ってこない。裕也、ともう一度声をかけて、やっとくぐもった声が応えた。

「……疲れた」
「そう……お疲れさま。ご飯もうすぐできるから、それまで休んでて」
「嫌だ」
「え、でも」
「……ずっとこうしてたい」

 首筋に顔を埋めたまま、そんなふうに甘えるように言う。いつもと違う夫の姿に困惑しながらも、理恵は抱きしめ返さずにはいられなかった。

「……じゃあ、いいよ。しばらくこのままで」
「ん……ありがとう」

 理恵の身体を包む腕の力はますますきつくなる。まるで、何かから逃れてすがりつくかのように。悪い夢を見た子どもが母親を求めるように。

「理恵、」
「なに?」
「俺で、よかったのか?」
「え?」
「結婚相手」

 不安げなその質問に、なるべく優しい声で応える。

「もちろん」
「でも俺、うまくしゃべれないし素っ気ないし気も利かないし……」
「そんなの気にしてないもん。大丈夫」
「でもさ……他にもっといい奴が、」
「裕也より好きになれる人なんていない」

 即答すると裕也は黙り込んでしまった。その隙にと、理恵からも尋ねる。

「何かあったの?」
「……同僚にさ、お前の嫁さん、よくお前と結婚してくれたな、って言われて……」
「ああ、そういうことね」
「そいつ、ちょっと毒舌なとこあるから、無意識だったんだろうけど……やっぱ気になって、なんか不安になった」

 ごめん、いきなり変なこと言って。少し落ち着いたのか、裕也が謝って離れようとする。それを遮って、今度は理恵がぎゅっと裕也に抱きついた。

「あたし、裕也のこと大好きだよ。だから裕也と結婚しようって決めたの」
「え、」
「だから、そんなこと言わないで」
「……ありがとう」

 自然と唇が重なった。しばらくの沈黙のあとで裕也から顔を離す。ふっと微笑んだ裕也は、理恵の先に立ってリビングへと歩き始めた。

「ねえ、裕也は?」
「ん?」
「裕也は、あたしでいいの?」
「……理恵じゃないとだめだよ、俺は」

 照れ屋な夫が放った爆弾に、危うく殺されそうになる。振り返った裕也が朱に染まった理恵の頬を見て笑った。

「動揺した?」
「ものすごく……でも、嬉しい」
「ん、ならよかった」

 きちんと手を洗ってからキッチンに立って洗い物を始める裕也を見て、理恵も慌ててその後を追う。ふたり並べばもう窮屈だと感じる狭い台所だが、今は世界中のどこより心地よかった。




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