バタバタバタバタバタ、ガラララッ! 壁越しに聞こえた足音、そしてけたたましく部室のドアを開ける音を擬音で表すとしたら、きっと冒頭のようなものになるだろう。ぼんやりとそう考えながら、沙織は開けられたドアを振り向いた。 「お帰りなさい、杏先輩。追試どうでした?」 「さおりん、それは禁句やで! 先生もほんま鬼やわ、なんで締め切り三日前に追試受けやなあかんねん! しかも古典なんかの!」 「お疲れ様です。先輩、あとどれくらいで終わるんですか?」 「んー、まだ線画しか終わってへん」 「やばくないですか、それ……」 パソコンの電源を点けながらそう言い放った杏奈に呆れたように沙織が言う。もし沙織が敬語を使っていなかったら、きっとどちらが先輩かわからないだろう。 「なかなか言うようになったなぁ、藤堂さん。こんな部活によく馴染めたな」 「適応力はそれなりにあるんで。で、修先輩は出来たんですか、原稿」 「…………まだです」 「じゃあやらんとあかんでしょ?」 「そのとおりです、申し訳ございませんでした」 缶ジュース片手に話しかけた修もまた一喝され、パソコンに向き直る。 「沙織ちゃん、原稿見たで。何ヶ所か字違っとるとこあったから色つけといた。直しといてな」 「あ、すいません姫先輩。ありがとうございますー」 沙織が頭を下げた副部長の本名は姫ではなく、幸穂という。しかし、何でもこなすスーパーガール(杏奈談)である幸穂は、尊敬の意を込めて“姫”の愛称で親しまれているのである。そんな幸穂は、自分の原稿も締め切りまでに仕上げつつ、部員たちの原稿をチェックする仕事もこなしている。まさにスーパーガールだ。 「あ、そうや。杏は沙織ちゃんの挿し絵出来たらチェックしてもらってな。あと修と部長のも」 「うん、わかっとる。単にまだ出来てないだけやから」 「まったく杏は……ちゃんとしやなあかんやろー? もう沙織ちゃんと神野とあたしは出来とるで」 「はーい、すいませーん」 おとなしくペンを握り直し、杏奈はそれきり沈黙する。両耳を塞ぐ大きなヘッドホンは杏奈の最強アイテムだ。こうなったらしばらくは絵を描くことだけに集中してくれるだろう。幸穂は安心して杏奈から目を離し、黙々とペンを動かす男子部員──神野に話しかけた。 「神野、また漫画描いとんの? もう原稿終わったんやから休めば?」 「……いや、描きたいから」 「目ぇ疲れたりしやへん?」 「…………」 返事を頷くか最小限の言葉だけにとどめるのがデフォルトという無口な性格の彼だが、描いているのはギャグ漫画だ。それもかなり面白く、部誌では一番人気を誇っている。ちなみに、“神野の頭の中はどうなっているのか”はこの創作倶楽部の最大の謎である。 「姫ー! 出来たー!」 「あ、珍しく部長が締め切りまで時間残して書き上げた。お疲れ様でーす」 「俺はやれば出来る子やからな!」 大きく伸びをして立ち上がる部長、田代。部内唯一の三年生だが、中身はかなり子供だ。 「じゃ、あたしチェックするんで、部長は休んでください」 「頼むわ」 赤縁の眼鏡をかけ直して、幸穂は田代と入れ替わりにパソコンに向かう。が、十分と経たないうちに呆れ顔で田代を振り返った。 「部長、字間違えすぎです。まだちょっとだけしか読んでないですけど、もうだいぶ違ってるとこありますよ。書き直してください」 「マジかよ……!」 「マジです。はいはい直して直して」 頭を抱えながら、田代は再びパソコンの前へ。幸穂は小さな冷蔵庫からお茶のボトルを取り出し、全員のコップに注ぐ。沙織は慌ててそれを配るのを手伝った。ありがとう、と礼を言われる度に、なんだか心が温かくなる。まだ入部して間もないが、個性的なこの部活が沙織は大好きだった。 「あー! 終わらん!」 杏奈の悲痛な叫びに修と田代のため息が重なる午後五時。部誌締め切りまで、残りおよそ七十二時間。 © 2011-2017 Hotori Aoba All Rights Received. -- ad -- |