携帯電話がないことに気付いたのは、人も少ない小さな駅のホームでだった。

「……どうしよう、」

 呟くと涙が溢れそうになって、律子は慌てて目を擦った。なんでこんな大事な日に、と自分の不用意さを呪う。ただでさえ電車の時間を勘違いして一時間以上も遅れそうだというのに、携帯電話まで家に置いてきてしまったものだから、待ち合わせをしている恋人と連絡を取ることすらできない。

(海斗くん、怒ってるだろうな……)

 そう考えると本気で泣きそうになる。まだまだ到着しない電車を待つため、律子は力無くベンチに腰を下ろした。ホームには古い公衆電話があるが海斗の携帯の番号なんて覚えていないし、今から家に戻ったらきっと間に合わない。だから、とにかく電車に乗って海斗の待つ駅まで行くしかない。――頭ではわかっていても、どうしようという焦りだけが心を占める。

 とりあえず落ち着こう、と自動販売機で温かいミルクティーを買う。ずっと前に海斗にもらってから、無意識のうちにミルクティーを選ぶようになった。こんな些細なところにも、確かに彼はいる。

 ミルクティーを飲み、ぼんやりと座って、そのまま何十分待っただろうか。

『まもなく、一番線に××行きの普通電車が参ります。停車駅は――』

 アナウンスが入った。律子が向かうのとは正反対の方向に行く電車。なんだか無意味な苛立ちすら感じる。電車が減速し完全に止まる音を、律子はうつむいて聞いていた。ドアが開き、何人かが降りる気配。その中のひとつは、なぜか改札には向かわずにこちらへ近づいてくる。

「――律子さん」
「え……?」

 聞き覚えのありすぎる声に、律子は顔を上げた。途端、幻覚か何かじゃないか、なんて言いたくなる。目の前に海斗がいるのだから。あまりに驚いて思わず立ち上がった。

「海斗、くん? なんで……」
「いや、だって律子さん全然来ないし、携帯も通じないから……もしかして電車乗り損なったんじゃないかなと思ってさ」

 よかった、ここにいて。そう言って笑う海斗を見て、堪えていた涙が思わず溢れる。

「ごめん、携帯忘れてきたみたいなの……電車も時間間違えてて乗れなくて、連絡も取れなくて、どうしようかと思ってた……っ!」
「そんな、泣かなくてもいいのに……大丈夫、気にしてないから。律子さんが無事でよかったよ」
「ごめんね、ほんと……だめだね、わたし」
「気にしないで。いいじゃん、もうオレが来たんだから。ほら、一緒に電車待とう?」

 いつものように優しく抱き締めてくれるから、余計に涙が出る。背中を撫でる手があたたかくて、泣きながらも深い安堵感に包まれていくのがわかった。

「ごめんね海斗くん、……ありがとう」
「いいって」

 二人並んでベンチに座る。手と手をぎゅっと握り合えば、吹きつける冷たい風も気にならなかった。









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