「じゃあ、一番が六番に……膝枕で」 「うわ、俺だ」 「え、お前と……?」 「男同士で膝枕かよ! 嬉しくねえ!」 「俺もだっつーのバカ! ほら早くしろよ!」
怒鳴り合いながらもなんとか膝枕を終えると、二人に歓声が浴びせかけられる。回ってきた回収係に番号つきのくじを渡し、理恵は安堵のため息をついた。
――よかったぁ……
体育祭の打ち上げもお開きの時間に近づいてきた。つい先程始まった王様ゲームだが、多くともあと二、三回で終わるだろう。今のところ理恵は何も当たっていなかった。
(あともうちょっと、なんだけどな……)
回数を重ねるごとに罰ゲームは過激になっていく。王様ゲームは嫌いではなかったが、なにしろこの場には恋人である裕也がいる。お互い学校ではあまり話さないということもあり、クラスに理恵と裕也が付き合っていると知っている人は少なかった。これでクラス全員が知っていたら気を遣ってくれていただろうがそうもいかない。下手に当たったら面倒なことになるのは目に見えていた。
「はい、じゃあ次ー」
引いたくじを確認すると七番だった。当たりやすそうな番号だ、と理恵はどきどきしながら思う。
「王様だーれだっ」 「はーい」
手を高く挙げたのは早川隆彦。理恵とは比較的仲が良い方だと言える男子のひとりだった。フランクな性格で話しやすいしおもしろい。が、隆彦のようなタイプは厳しい罰ゲームを口にしそうだ、と理恵は思った。
「じゃあ、そろそろハグ行くか。三番と……七番で」
(あ、やば……)
最悪の予想が当たった。理恵はそろそろと手を挙げる。
「七番、あたしです……」
三番がせめて女子だったら、と理恵は祈るような気持ちであたりを見渡す。が、その願いは叶わなかった。
「俺、三番」
挙手したのは山原という男子。席が近く、それなりによく話もする方だ。まったく話したこともない相手とやるよりはマシだが、気まずいのは変わらない。 理恵はちらりと裕也に視線をやった。が、裕也はそっぽを向いている。どうしよう、と理恵は途方に暮れた。
「理恵ちゃん頑張ってー!」
近くの女子から声をかけられ、理恵は仕方なく立ち上がった。こんなときに限って彩乃は飲み物を取りに行っている。まさに万事休すだ。
「三浦さん、俺でごめんな」 「ううん、こちらこそ」 「おい早川、これどっちから行けばいい?」 「そこは山原だろー」 「マジかよ」
苦笑いした山原は理恵を見て軽く手を広げた。
「早く済ませようか」 「あ……うん」 「山原、お前やる気満々だな」 「うるさい! ……えっと、どうする?」
野次に怒鳴り返した山原はまた理恵を見る。もう引き下がれない、と覚悟して、理恵は頷いた。
「……いいよ」 「じゃあ……ごめん、失礼します」
ぎゅっ、と軽く締め付けられる感覚と人肌の温もりが、一瞬だけ感じられた。しかしそれはすぐに立ち去る。にぎやかなからかいの声に山原が怒鳴り返しているのを背中に、理恵は上気した頬を押さえて席についた。裕也の方をもう一度見やると、携帯電話を取り出してなにやらいじっているのが見えた。やがて立ち上がり、出口の方向へ向かっている。携帯電話を手に持ったままなのを見ると、外で電話でもするのだろうか。
――そこまで考えたところで、テーブルの上に置いてあった理恵の携帯電話が震えた。開いたメールの差出人は裕也。どきり、と心臓が跳ねた。
『外出られるか?』
「吉岡、」
出口のすぐ横に立っていた裕也に、理恵は遠慮がちに声をかける。裕也はその声に振り返って、ごめん、と呟いた。
「えっと……さっきのこと、ですか」 「……まあ、そんな感じ」 「ごめんね、断れなくて」 「いや、別に……あの雰囲気だったらしょうがないし」
あれ、と理恵は内心で首を傾げた。てっきり断らなかったのを叱られるとばかり思っていたのだが、どうもそうではないらしい。言い方はぶっきらぼうだが、見上げた横顔も口調も、苛ついているときのものではなかった。
「……怒ってない?」 「怒ってない」 「あ、そうなんだ。じゃあなんで呼び出したの?」 「あー、それはその……」
言いにくそうに裕也は視線を逸らせた。しばらく口籠もり、理恵をちらりと見て、また目を逸らす。どことなく気まずい沈黙のあと、ようやく裕也は呟くように言った。
「なんか、もやもやした……っていうか、その、……嫉妬した、って感じ」 「え、」
理恵は目を見開いた。まさか裕也がそんなことを口にするとは思ってもみなかったのだ。裕也がこれだけ感情をあらわにするのはかなり珍しいことだった。迷いながらも口を開く。
「えっと、……ごめん」 「いや、俺が勝手に思ってるだけだし……」 「でも、」 「ほんとに、気にしなくていいから」 「……わかった」
ようやく頷くと、裕也はまた言葉を探すかのように視線を彷徨わせた。またしばらくの沈黙があって、言いにくそうに裕也が言葉を絞り出す。
「あのさ……俺も、いいか?」 「え、何が?」 「だから、その……さっきの」 「……うん」
“さっきの”が指す言葉をやっと理解して、理恵はまた頷いた。裕也が一歩近づき、そっとその腕の中に理恵の体を閉じ込める。理恵も腕を伸ばして抱きついた。長い長い時間が過ぎて――もしくは過ぎたように思えて――裕也は名残惜しそうに腕の力を緩めた。それを合図に、理恵も背中に回した手を下ろす。奇妙な気恥ずかしさだけが残っていた。
「……戻るか」 「うん」
微妙に間を空けながら、ふたりはドアをくぐった。王様ゲームはもう終わっていて、すでに集金が始まっている。並んで戻ってきたふたりを見て、隆彦と山原が怪訝そうに尋ねた。
「どこ行ってたんだよ吉岡」 「三浦さんも、榊さんが探してたよ」 「つーか、なんで一緒? ……もしかして、付き合ってんの?」
理恵は隣に立つ裕也を見上げた。苦笑しながら小さく頷いたのを確認し、ふたりに向き直る。
「うん」
にっこり笑いながら肯定すると、隆彦と山原は目を丸くした。マジかよ……と呟く隆彦と今にも土下座しそうな勢いで裕也に謝り始める山原から、ふたりが付き合っているという噂が漏れ始めるのはそれからまもなくのこと。
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