ベランダに出て夜空を眺めていたら網戸が開く音がして、隆彦が隣にやって来た。

「見えた? 流れ星」
「まだ」
「そっか」

 黙って、二人一緒に空を見上げる。テレビの天気予報が今日は流星群だと教えてくれたから外に出てみたものの、薄曇りの空には星なんて見当たらない。

「そういえばさ。流れ星って、宇宙のゴミなんだよ」
「え、そうなの?」
「昔聞いたんだ。宇宙のゴミが地球に引き寄せられて、大気圏に突入すると燃えるだろ? それが流れ星の正体」
「そっかー。なんか、夢がない話だなー」
「ごめんごめん」

 笑いながら、隆彦は私の右手をそっと握る。指を絡ませれば優しい声が問い掛けた。

「願い事、する?」
「するよ。三回言うのは無理かもしれないけど」

 流れ星が流れてる間に三回願い事を言えたらお星さまが叶えてくれるんだよと、昔母が教えてくれた。そんなこと有り得ないって分かっていても、流星群のニュースを聞く度にこうやって夜空を見上げるのは、やっぱりそれが本当だったらいいなと思うからだろうか。

「何? 願い事って」
「そういうのって、他人に言ったら駄目なんじゃなかったっけ」
「あ、そういえば。まあ、何願うかはなんとなくわかるけどな」
「え、そうなの!?」
「何年付き合ってると思ってんだよ、まったく」
「……五年、です」
「うん。だからさ、」

 握られた右手を引かれて、誘われるように隆彦に寄りかかれば、そのまま抱き締められた。耳元で囁くのは大好きな声。

「ずっと一緒にいたい、なんてさ、あんなものに願うことじゃないだろ。だってあれ、ゴミなんだから」
「うん」
「なあ。俺にはお願いしてくれないわけ? ずっと一緒にいて、って。流れ星に願うより確実だと思うけど。だって俺も同じだしさ」
「え、」
「結婚しようか、そろそろ」

 まるで、今日の晩ご飯はカレーにしよう、みたいな他愛もないことを言う口調でさらりとそう告げる。プロポーズ、されたんだ。そう気付くまでしばらくかかった。腕の中に閉じ込められて、窮屈だけれどあたたかい空間で、やっとのことで返事をした。

「……うん」
「ありがとう、奈々」

 耳元に熱い息がかかる。腕にぎゅうっと力が込められた。息苦しい、けれど、嬉しい。

「あっさり言うからびっくりしちゃった」
「……プロポーズするのに緊張しない奴なんて、普通いないだろ。これでもすげえ緊張してたんだよ、俺」

 ふいに夜風が頬に当たった。私を包んでいたぬくもりが一瞬で冷める。

「もっとロマンチックなシチュエーションが良かった? 夜景の見えるレストランとか」
「……ううん。これでも充分嬉しい」
「良かった」

 隆彦は繋いでいた手を一度離して、それから私の左手を取った。薬指をそっと撫でて、少しだけ微笑む。

「指輪、明日一緒に買いに行こうか」
「買ってなかったの?」
「サイズ知らなかったからさ。ごめんな」
「ううん」

 もう一度絡められた隆彦の指を包みこむように握る。この人のお嫁さんになるんだな、そう考えると涙が出た。にじんだ空を駆けたのは流れ星だったのか、それとも錯覚か。そんなことはもうどうだってよかった。







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