一難去ってまた一難


あれから抵抗虚しく連行された私は、取り調べ室にて人生初の尋問を受けていた。


『だーかーらー!知らないって!何回言えばわかるの!?』

どこから来たのか問われ、東京だと答えればそんな地名聞いたことないと訝しがられ。
天人かと問われ、私は人間だと答えればその変な服はなんだと、どこの国の回し者だ、などと怪しまれる始末。いい加減イライラしてきた。


『私はね!家に帰る途中だったの!角曲がったら突然こんな知らないところに出てきたの!意味がわからん!私のお家はどこだ!!』
「知らねぇよこっちが聞いてんだよ。」 
『私だってわかんないわよ!!』
「…要するに迷子だな?」
『もうそれでいいわ迷子よ迷子!こんなか弱い女の子が迷子になってるのに、まるで不審者扱い!!警察って最低ね!』

迷子とはちょっと違う気もするけれど、なによりもうめんどくさいからそれでいいことにして。とりあえずこの尋問から逃れたくて必死だった。

目の前のやけに目つきの悪い男はタバコに火をつけ、体に悪い煙を吐き出しながらため息をつき少し思案したのち、側にいたやたらと地味な男に帰していいぞと。それだけ告げて部屋を出ていった。



『……なによもう!一般人を誤認逮捕して謝りもしないなんて!』

開放された私は警察のあまりにも失礼な態度に腹を立てながらどすどすと道を歩いた。
謝ってくれたのはあの地味な人くらいだ。なんて傲慢な人たち!いやそんなことよりも。開放されたのはいいけど、これから私はどうしたらいいの。辺りを見渡し、全く見覚えのない不思議な町の景色に不安を覚える。

ここはやっぱり、私のいた世界じゃない。
未来なのか過去なのかもわからないなんとも不思議な世界。帰る家も、友達もここにはいないんだ。

『……どうしよう…』


いつのまにか日は暮れ、あたりは夕闇に包まれていた。

ひとまず宿を探さないと、と。
当てずっぽうに歩き出した時。

「ねぇ彼女!」

突然腕を掴まれた。


振り向けば鼻にピアス、唇にピアスをつけた派手な風貌の男が二人。私を見下ろしていた。


『…なにか』

覚えのあるその雰囲気に、ああここでもか、と。ため息をつきたくなった。


「さっきから気になってたんだよね〜てか近くで見たらめちゃくちゃ美人だな。やべぇ。一人でどうしたの?」
『べつに』
「クールだねぇ!いいねぇそーいう子大好き!」
『離してくれる?』

あくまで静かに拒否をするけれど、チャラ男は全く退く気配を見せずむしろますます楽しげに笑う。
私の腕を掴む力を強め、引っ張る2人。蹴り飛ばしてやろうかと考えたとき、突然目の前に黒が現れた。「うちのもんが世話になったな」そう言ってタバコをふかす男は、つい先ほど私を尋問していた、あの警察の男だ。
チャラ男たちはげっ真選組!と、冷や汗を流し、やがて私の腕をそっと離すと、連れが見つかってよかったねぇー!じゃあね!と夜の街へ消えていった。こーいうところはさすが警察ね。気に入らない人たちだけど、助かったことには変わりない。

『…ありがとう』


お礼を告げると、いや別に、たまたま通りかかっただけだから。と、ぶっきらぼうな返事が返ってきた。

「ここは治安が悪いんだよ。女が一人で来る場所じゃねぇ」
『……言ったでしょ迷子だって』
「…家の住所くらいわかんだろ。送ってやるから」
『ないわよ』
「あ?」
『ここに私の住所なんて、ないわ』
「……」

私のいた世界じゃないなら、私の家の住所を伝えたって意味がない。

「…はぁ……仕方ねぇな…」


なにかを悟ったのか、彼はそれ以上問い詰めることはなかった。

「来な」
『え?』
「家がわかるまで保護してやる」
『……え?』


どういう風の吹き回しかしら。訝しむ私を見て、彼はがしがしと乱雑に頭を掻く。


「帰る場所がわからねぇ迷子の女ほっぽり出してどこぞでのたれ死なれだら後味が悪ぃからな」
『……』


そのぶっきらぼうな優しさに、自然と口元が緩む。見た目は怖いのに、中身は随分と、優しいらしい。

『素直に心配してるって言えばいいのに』
「うるせぇな置いてくぞこら」


振り返った彼の目は、最初に見た時より怖くはなかった。



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