聞くと見るとは大違い


跡形もなく吹き飛んだ美麗のために当てがわれた部屋。呆然と立ち尽す彼女は、やがて赤い瞳を鋭くさせ、壊した本人を睨みつけた。

『おい沖田』
「おい沖田ァ」
「沖田はお前だろうが!!」


睨まれた沖田は素知らぬ顔で土方に罪をなすりつけようとした。当然、土方は怒る。

『どうすんのこれ。私の部屋なくなっちゃったんだけど』
「あらら」
『あらら。じゃねーわ!!お前のせいだろ!!』
「土方さんが避けるからですぜ」
「人のせいにするんじゃねぇ!!これは明らかにお前が悪い!!」
『誰か今すぐ大工さん呼んで』
「俺電話してきまっす!」

近くにいた隊士が瞬時に動く。
しかし例え大工を頼んだとしても、恐らく今日中には無理だろう。もう日も暮れている。早くても明日からの修理になるし、直すのにはさらにもう少し時間がかかるはずだ。

『罰として沖田。あんたの部屋、私に貸しな』
「仕方ねぇな押し入れ貸してやらァ」
『ふざけんなお前が押し入れ行け』
「部屋なんかすぐ用意できるって。ちょっと待ってな」

そう言って沖田は、倉庫からダンボールを持ってくると中庭へと向かう。

「はいできた」

数分で完全したそれは、ダンボールハウスだった。
ものすごく適当に作られたそれは、ガムテープのみで補強されただけ。
土方はバカかこいつは、と、ため息をつく。これじゃあ彼女をますます怒らせるだけだと思った。
案の定、というか当然美麗は冷え切った目で、沖田を見下ろす。


『ふざけてんのアンタ』

美麗の冷たい声音があたりに響く。


『もっと真面目に作りなさいよ下手くそね!屋根すらないじゃない』
「贅沢言うんじゃねー」
『こここうしたらほら、屋根になるじゃない』
「お、ほんとだ。やるじゃねーか」
『あと窓も欲しいわね』
「あー、じゃあここらへんを……」
「真面目に工作してんじゃねぇよ!!」


その場にしゃがみ込み、カッターでくり抜き窓を作る沖田。ダンボールハウス工作に精を出し始める2人をみて土方は呆れた。
仲がいいんだか悪いんだかよくわからない2人だ。

「『できた』」
「なんだこのクオリティ!!プロかお前ら!?」

数分して出来上がったダンボールハウスは、最初の雑さが嘘のように完成度の高い立派な家になっていた。もはやダンボールハウスではない代物である。

『いいじゃないこれ』
「よかったですねィ土方さん、立派なお家ができましたよ」
『みてほら、ここ。ちゃんとマヨネーズ収納庫もあるからね。安心してね』
「おお、悪ぃな。ありがとよ………ってちょっと待て。おい」
『今日は十四郎のお引越し祝いしなきゃ』
「だな。」
「おい待てこら!!」

あまりにも自然な動作でその場から去ろうとする2人は、焦る土方に呼び止められきょとんと振り返る。

『なぁに十四郎』
「なぁに、じゃねぇよ!!もしかしてこれ俺の家!?俺がここに住む感じ!?」
『「え、そうだけど」』
「おかしいだろ!!なんで俺が部屋追い出されねーといけねぇんだ!!元はといえば総悟のせいだろうが!お前がここに住め!!」
「あんたにはここがお似合いでさァ。なぁ美麗」
『そうね』
「てめぇらこんな時だけ肩組みやがって!!!」

ふざけんな!!と、土方の怒りが爆発した時、大工を手配しにいっていた隊士が、弱り切った顔で戻ってきた。

「あ、あのぉ」
『あら、おかえり。大工さん来てくれるって?』
「いや、それが…今繁忙期らしくて予約が1週間全部埋まってるみたいで。最短で2週間後になるって言われて…」


その言葉に、土方は愕然とした。
冗談じゃねぇ、と、頭を抱える。
長期間このダンボールハウスに住むハメになる未来がちらつく。それだけは絶対に避けたい。
なんとかして早いとこ修理しねぇと、と。知り合いに大工かなにかこーいうのに長けた人物がいなかったかと思考を巡らせていると。

ふと美麗がなにを思い出したように、携帯貸して、と、隊士の携帯を借りどこかへ電話をかけはじめた。

『…あ、私だけど。え?なに言ってんの違うわよ私よ。いや拙者拙者詐欺かってなにそれ拙者なんて一言も言ってねーよ。私だって言ってんの。だから詐欺じゃないってば!私、美麗よ。…ちょっと聞きたいんだけど、アンタ前にデリバリー大工で一晩で家直してもらったって言ってなかったっけ?それ私も頼みたいんだけど、どうやって手配するの?…あ、ほんと?早急に頼むわね』

よろしく〜、と。そう言って通話を終えた美麗に、土方は問いかける。

「どこに電話したんだ?」
『神楽のとこ』
「…万事屋?」
『前にデリバリー大工頼んだら一晩で家直してもらったって話聞いたのよね。』
「デリバリー大工?」
『そう。うちも頼みたいって言ったら銀さんが手配してくれるって。』
「……そうか」

いつの間にか、交友関係を広げていた彼女に驚きつつ、一晩で直るならありがたい。


そうして1時間ほどで、真選組に大きな荷物が届く。なんで木箱が?と思いつつも、届いた木箱を開ける。中には小さなおっさん2人が入っていた。

「「この度はデリバリー大工をご利用いただきありがとうございます」」

木箱から出てきた2人こそが、デリバリー大工師、ウンケイとカイケイ。見た目は小さなおっさんで頼りがいなさげなのだが、その腕は確かにいいと、もっぱら評判である。疑いつつも、とりあえず修理を依頼した。


『こんな感じでお願い』

そう言って見せられた紙を覗くと、ウンケイたちの頬が引きつる。

「…いや、え?これ……どうみてもここには不釣り合い…」
「そもそもこの間取りじゃ無理だって足りねーよ」
『じゃあ他の部屋潰しちゃって』
「なに言ってんのお前!?」

2人に見せた紙は、彼女が元いた世界の自室の写真だった。洋風なその部屋は、この屯所にあまりにも不釣り合いだ。広さも全然足りない。

「なに豪邸依頼しようとしてんだ!!」
『豪邸じゃないわよ。なに言ってんのもう。こんなの普通でしょ』
「普通ううう!?」
『元いた私の世界の部屋なのよね。再現してほしいんだけど』

えっこれが?この部屋が普通レベルなの?

土方の目には、どう見ても豪邸の部屋の一つにしか映らない。恐る恐る美麗を見る。

「……お前…ほんとに何者だよ…」
『一般庶民の美麗ちゃんです』

庶民なわけがない。庶民がこんな広い部屋持てるわけがないのだ。
こんなバカでかい部屋を持つ女を、世間ではこういう。

"お嬢様"

金持ちだ。間違いなくこの女、相当な身分の女だ。


土方たちは、そう確信した。



結局あの豪邸部屋は却下され、元どおりの形になった部屋。

そして隊士たちはますます、彼女に対して腰が低くなった。もはやこの屯所の大将、近藤よりも偉い存在になりつつある。



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