郷に入っては郷に従え
この世界には到底似つかわしくない服を着ている美麗は、着物を買うため呉服屋を訪れていた。隣には土方が同行している。
『わーー、すごい』
着物なんて滅多に着ない美麗は、店に並ぶ煌びやかな生地や着物を見て感嘆の声をあげた。
『形、色々あるのね』
ひとつひとつ手に取り、驚いたように目を丸くさせる。自分のいた現代と変わらないデザインの着物まであるのだ、無理もない。レースにフリル、ミニ丈着物、ゴスロリ風。多種多様な着物たち。
ここはほんとに不思議な世界だと、しみじみ思った。
『どれにしよう…』
「お嬢ちゃんえらい別嬪さんだねぇ!」
『あらーありがとうございます』
「どんな着物お探しで?これなんてどうかえ?あ、これもええなぁ」
呉服屋の店主は美麗の美しさに惚れ惚れとしたあと、たくさんの着物を持ってきてくれた。
なんでも似合いそうだと笑う店主に、美麗は苦笑する。
『試着してみてもいいかしら』
「どうぞどうぞ!ささ、こちらへ!」
着物を抱え試着室へと向かった美麗を、土方は店の入り口から見つめていた。
タバコをふかしながら、やれやれとため息をつく。
「…変な女」
たった数日で隊士たちは、彼女の従順な僕と化した。今では彼女のボディーガードも仕事内容に含まれつつある。
威風堂々。そんな言葉が当てはまる。素性のわからない女は、もしかしたらお姫様ではなく、どこかの国の王なのでは。そんな風に思わざるを得ないほど、彼女はどこか逆らえない雰囲気を持っていた。土方が再びため息をついた時。気怠げな声に、背後から肩を叩かれる。
「あれれー大串くんじゃねーの?」
「…土方だ」
やなやつに会っちまった、と。土方は眉間にシワを寄せた。
「こんなところで仕事もせずになにしてんのオタク。真面目に働けよなー」
「おめぇに言われたくねぇよ」
「呉服屋になんの用事だよ?あれか、女か?女のために着物見繕ってんのかぁ?」
「てめぇには関係ねぇだろ!消えろ!!」
「あれれ?否定しないところを見ると図星な感じ?」
にたにたと笑う銀髪の男。坂田銀時。
ちらりと店に目を向けると、ちょうど美麗が試着室から出てきたところだった。銀時は美麗を見たその瞬間。目を見開き固まった。
「……なぁ。なぁおい土方」
「んだよ」
「あの子誰!?」
「あ?」
「ほらあの、あの!あそこの!めちゃくちゃ後光さしてるんですけど!?なにあの美女!!女神を見た気分!!」
「…あぁ、あいつか…」
やけに興奮した顔で美麗に釘付けな銀時。
土方はそれには気づかず、あれは、と口を開きかける。が、それを遮るように『ねぇ十四郎〜』と、美麗がひょこり、顔を出す。
『おじさんが試着したやつ全部くれるっていうんだけど』
「いや、それはさすがに悪いだろ」
『だよねぇ。私もそう言ったんだけど…』
「いやいやいいんですよぉ!着物もこんな美人に着られて嬉しいだろうよ!どうかもらってくだせぇ!」
『…じゃあせめて今着てる着物だけでもお支払いするわ。十四郎、お金出しといてー』
「……ああ、わかった」
つーか人使い荒いなこの女。内心そんなことを思いつつ懐から近藤から預かった封筒を取り出した時。突然肩をすごい力で掴まれた。
「おいいいい!!なにお前の女ってあの子なの?!えっあんな美女がお前の女!?似合わないって無理無理釣り合ってねぇよ美女とマヨラーとかありえねぇって!」
「なんか勘違いしてねぇかお前」
「どこで知り合ったんだよ!ずりぃなおい羨ましいなぁ!!どこまでいった?もうあんなこともそんなこともしちゃった系?」
「いや違うから。変な勘違いやめてくんない?付き合ってねぇから」
「えっまじで?」
「あの女はうちで保護してるだけだ」
「保護?」
「迷子になってるところをたまたま総悟が見つけてな。帰る場所がわからねぇらしいからしばらく預かることにしたんだよ」
「へーえ」
いやそれにしてもあそこまで美人な女は初めてだ、と。銀時は美麗を見つめた。
『おまたせ十四郎!』
たくさんの袋を抱えた美麗が店から出てくる。
『あれ、どちら様?』
そこで銀時の存在を初めて認知して、首を傾げる。銀時はきりりと真面目な顔で、背筋を伸ばして美麗に向き直った。
「はじめまして。大串くんの親友の坂田銀時と申します。」
「おい。いつから俺たちは親友になったんだ?」
「やだなぁ〜ずっと前から親友だったじゃないか!」
「だったら親友の名前くらい覚えとけや」
「ははは」
「ははは。じゃねーよ!」
『十四郎にもお友達いたのねぇよかったわね大事にしなさいね』
「お前は俺の母ちゃんか!!」
はじめまして雪比奈美麗です、と。
横で喚く土方を無視して銀時に微笑みかける。あまりにも眩しくて、一瞬目眩がした。
銀時はきりりとした顔のまま、名刺と共に一枚の紙を差し出す。
「結婚しませんか」
『は?』
目が点になる美麗。
反射的に受け取ってしまった紙に目を落とすと、それは婚姻届。夫の欄は全て記入済みだった。
『……』
「結婚しませんか」
『するわけねーだろ』
再び同じことを言われるが、冷ややかな眼差しで躊躇いもなくその紙を破り捨てた美麗は、銀時を睨みつけた。
『初対面でいきなりプロポーズとかありえないんですけど。せめて999本のバラの花束とハリーウィンストンの指輪の一つや二つくらい持ってこいや』
出直してこいと言わんばかりにふん。とそっぽを向き、ポニーテールにした長い蜂蜜色の髪を靡かせ。甘い香りをふわりと残し去っていく後ろ姿をぽーっと眺めた銀時。土方もまた、彼女のその圧倒的な雰囲気に気圧されてしまっていた。
やがてぽつりと。銀時は言う。
「俺パチンコやめる」
真面目に働き、ハリーウィンストンの指輪と真っ赤な薔薇の花束を持って再びプロポーズをするために。
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