暗黒物質
ある日の休日。美麗は自宅のキッチンに立ち、お菓子の本を眺めながら一人呟く。


『……みんないつも頑張ってるし、仕方ないから何か差し入れしてあげようかしら。』


レシピが書かれた本の中から比較的簡単に作れそうなお菓子を吟味した結果。無難にクッキーを作ることに。腕捲りをし、気合い十分で実行に移す。

しかしクッキーを作っているはずなのに、ガリッゴリッバキッドカッなどというありえない音が響いた。


「…何やってんのかしらあの子…」


リビングで雑誌を読んでいた美麗の母は不思議そうにキッチンを見やる。


「美麗ー!キッチン汚さないでよ?」
『わかってるわよ!ちょっと話しかけないで!』


そして数時間後、クッキーが完成した。


『やっぱり私って料理の才能あるわね!』


満足げに笑う美麗は真っ黒で、とてもクッキーには見えない物を綺麗に包んで明日に備えた。


翌日、部室に珍しく上機嫌な美麗が入ってきた。


『おっはよー!』
「……どないしたん美麗ちゃん…」
「ご機嫌ですね先輩…何か言い事ありましたか?」
『ふふ…秘密よ。』


鼻歌を歌いながら部室を出ていく美麗を見つめ、首を傾げるレギュラー陣。

仕事もテキパキとこなす。
いつもはめんどくさいと言ってテキトーにゆるくこなす美麗だったから本気で心配になった跡部や日吉、その他部員。


「…跡部。美麗どうしたんだ?」
「知るかよ。」
「…なんか美麗じゃないみたいで気味悪いぜ。」
「どこかに頭ぶつけたんですかね?」
「…病院紹介してやるか…」
「そこまでしなくてもいいと思います。」

『ドリンク出来たよー!』


遠くで美麗が手を振っていたため休憩時間に入る。


「おい美麗。」
『なに?景吾。』
「お前頭大丈夫か?」
『どーゆー意味?』

「いつものお前じゃないから心配してんだろーが。」
『だからってそんな聞き方はないでしょ!?それじゃまるで私が頭おかしいみたいじゃん!』
「ホントの事だろ?」
『〜〜〜っ!』


怒りで震える美麗は側にあったタオルで跡部を殴る。


「何しやがん『このホクロめ!』ア゙ーン!?

「……いつもの美麗ちゃんやな。」
「あぁ。」
「クソクソ!心配して損したぜ。」


いつもの二人に呆れるメンバーはさっさと練習に戻る。
そして今日の練習メニューをすべて終わらせ、ようやく部活は終了。ジャージから制服に着替えて部室でまったりしているところに、美麗が笑顔で現れた。


『ねぇ。』
「アーン?どうした美麗。」
「先輩、気持ち悪いです。」
『おだまり若!』
「今日はキノコって言わないんだな…珍しい。で?どうしたんだよ。」
『あのね、皆いつも練習頑張ってるじゃない?だからそんな皆に私から差し入れあげようと思ったんだ。』
「「差し入れ!?」」
「………」


思わぬ展開に驚くが、跡部だけは浮かない顔で思案顔。
跡部以外の皆は普段絶対言わない美麗の言葉に戸惑いを隠せない。


『この私がわざわざあなた達の為に手作りしてやったんだから、感謝しなさいよ?』
「手作りィィィ!?」


手作りに異様に反応した跡部の顔は青ざめていた。


「え、美麗ちゃんの手作り?」
「マジマジ!?嬉しC〜!」
「美麗先輩の手作りって…初めてだよね日吉!」
「………そうだな…」
『さぁ召し上がれ!』


包みを広げ、皆がのぞき見る。


「「「「………え?」」」」


途端にピシリと固まった。
彼らの目に映ったのは真っ黒になった何か。


「……これ、何?」
『やだ岳人ったら。クッキーに決まってるじゃない。見てわかんない?』
「「「「クッキーィィィィ!!?」」」」


どこからどうみてもクッキーには見えない物体に目が飛び出る勢いで叫ぶレギュラー陣とは裏腹に「…………やっぱり…」と青ざめる跡部。


『すごいでしょ?どうよ!』
「あぁ…すげェよ。」
「…天災だな。」

『でしょ?ふふん!』


ふん反り返る美麗。
宍戸と向日の“すごい”と“天災”は美麗が言っている意味とは真逆であるがそんなことには気づかない。


「…どうしたらこうなるんですか?」
『上手に出来たのよ?』
「これが!?」
「……」



自信満々な美麗に、皆がア然とする。ちょっと待ってな、と忍足が笑顔を向け断りを入れてからクルリと後ろを向き、ひそひそ話が始まった。


「(オイ跡部!どないなっとん!)」
「(美麗って料理できねーのかよ!?)」
「(なんですかあれ!ど、毒物!?)」
「(…見ての通り、美麗は料理が究極にヤバい。作ったものはすべて暗黒物質に変わる。)」
「(あ、暗黒物質!?)」
「(だが本人は自分で料理は天才だと思ってやがる。味覚もおかしい。)」
「(マジかよ…)」

『ねー何してんの?早く食べてよ!』
「え?あ、いや、今お腹いっぱい……『食えや』…はい。」


痺れを切らした美麗が早く早く、と急かすが、あんな話を聞かされた今、猛烈に遠慮したい。なんとか回避しようと試みるが、ギロリと睨まれては食べざるを得ない。食べなければいけない。


「「「い、いただきます。」」」
『景吾も食べて!』
「……」
『食べなって!』
「………」
『食え。』
「……いただきます…」


真っ黒な塊を意を決して食べた。


ガリッ


「「「!?」」」


かじった瞬間、クッキーにはありえない音が響き、歯が痛んだ。


「…か、固ェ…」


あまりの固さにじんじんする歯。


『どう?おいしい?』
「…まずい」
『あ゙ぁ?』
「おいしいです!」



本音がポロリと出てしまった向日にドスの効いた声で睨む美麗。涙目でおいしいを連呼する向日に同情の眼差しを送るその他。

そしてその日。帰宅したあと美麗の暗黒物質を食べた者は原因不明の腹痛に襲われ、三日間寝込んだという。


to be continued...


あとがき→
prev * 18/208 * next