初仕事
「美麗ー!ケガしたー!」
『救急箱そこにあるから自分でやってね』
「……」

「美麗ちゃーん!湿布欲しいC〜!」
『それも救急箱に入ってるから。』
「……はーい」

「先輩!テーピングがありません」
『で?』
「…え?あ、あの…」
『買いに行けば?』
「……」

「美麗ちゃんの心が欲しいんやけ『死ね。』…」

「美麗!ドリンクくれ。」
『あそこにあるから自分で取って』
「…………なぁ」
『何よ。』
「仕事しろよ!!」


マネージャーに就任した翌日から、さっそく仕事が始まった。しかしさっきからレギュラー陣があれこれ用事を言うのだが美麗はそっけなく自分でやれと言うだけ。周りを見ようともせず、優雅にティータイムだ。


『ちゃんとしたわよ。』
「嘘つけェ!何お茶飲んでんだよ!サボッてるじゃねーか!」
『違うわ休憩中。』
「まだ休憩の時間じゃないんですけど。」
『いいのよ。』
「よくないです。」
「「「(ダメだこりゃ)」」」


レギュラー陣が苦笑いを溢した時。「…何してやがんだテメェ?」と、少しコートを離れていた跡部が姿を見せた。額に青筋浮かべ、持っていたテニスラケットで美麗の頭を殴る。


『いったい!何すんの!?』
「テメー仕事しねェで何のんびり紅茶飲んでんだ!!しかもそれ俺様の紅茶じゃねーか!」
『悪い?』
「大罪だ!」
『紅茶飲まれたくらいでガタガタ言ってんじゃねーよ!』
「ラストだったんだぞそれ!!」
『知ったこっちゃないわ!!』
「テメェ…!」

「落ち着け二人とも!」


レギュラー陣が必死に二人を押さえ、なんとか落ち着かせる。互いに睨み合い、フン!と顔を背ける跡部と美麗だったが、ふと思い出したかのように跡部が口を開いた。


「オイ美麗。買い出し行ってこい。」
『はぁ?やだ。』
「マネージャーの仕事だ!」
『もう終わった!』
「テーピングが切れてんだよ!買いに行ってこい!」
「あ、ついでに頼みたい事が…」
「俺も!」
「あの、俺達もいいですか?」


レギュラーから準レギュラー、さらには平部員からも欲しいものを頼まれた美麗は仕方なくという感じに引き受ける。


「メモしといたから、そこに書いてあるの買ってきな。」
『……これ全部!?多すぎよ!一人で持てないわ!!』
「アーン?大丈夫だろ、お前なら。」
『アンタ私をなんだと思ってんの!?』


また喧嘩が始まりそうだったので、宍戸が間に割って入る。


「俺が着いていくから、な。」
『…もう一人ほしい。』
「ほんなら俺が…」
『忍足却下!若がいい。』
「…酷い…」
「嫌です。」
『なんでー!?』

「まぁまぁ先輩。俺が行きますから、ね?」
『……ま、いっか。じゃあ行ってくる。』
「気をつけろよ。」

「日吉、美麗ちゃんの事嫌いなん?」
「…嫌いではないですけど、あの人キノコ呼ばわりするから嫌なんです。」
「…でもけっこう好きやろ?」
「……フン」
「赤くなって可愛いなァ。」
「黙れ変態!」
「俺先輩なんやけど!?」



忍足と日吉の会話は美麗に聞かれることはなかった。
学園を出て宍戸、鳳、美麗の三人は歩きながら跡部が渡したメモを読む。


『えっと…テーピングに冷却スプレー、絆創膏に…紅茶?お菓子にジュース……ってパシリじゃない!』
「最初の三つはいいとして、後のなんだよ。完全に私用だろ。」
「しかも紅茶…かなり詳しく書かれてますよ。店の地図書いてあるし…これここまで行けって意味ですかね?」
『はぁ?冗談じゃないわ!めんどくさい。こんなのそこら辺で買えばいいわよ。』


テーピング等は部員が200人もいるため消費量が半端なく、そのため大量に買わなければならなかった。必要なものをポイポイとかごにつめ、会計を済ませる。


「でも本当にいいんですか?
跡部さんの紅茶…安物ですよ?」
『いいのよ長太郎。アイツもたまには庶民の味を知らないといけないから、ね、亮。』
「そーだな。」
「俺この紅茶飲んだ事ないんですよね。おいしいんですか?」
「『………(ここにも金持ちがいた。)』」
「…アレ?そういえば美麗先輩って庶民なんですか?」
『え?』
「だってすごくお嬢様って感じだから…」
「あー…それな。俺も初めて会った時思った。」
『まさか。よく誤解されるんだけど、違うのよね。景吾と幼なじみなのは幼稚園からずーっと一緒だったから。でもおばあちゃんは昔社長やってたらしいけど。』
「へぇ〜!」
「…まぁ黙ってりゃの話だけどな。」
「そうですね。黙っていれば、の話ですね。」
『お前らシバくぞ』


黙ってればを強調する二人に静かに怒る美麗は頬をひきつらせた。
確かに美麗は雰囲気や見た目は一級品のお嬢様だが、正真正銘の庶民である。初対面であれば恐らく誰もがいいところのお嬢様だと勘違いするだろう。それくらい、上品さが溢れている。


「あ!」


さて帰るか、という時鳳が立ち止まり大きな声を出した。


「どうしたんだよ長太郎。」
「一つ買い忘れがありました!急いで行ってきます!」
「俺も行こうか?」
「はい。先輩はどうしますか?」
『あー…私いいや。ここで待ってる。』
「わかりました。」
「悪ィなすぐ戻るからよ!」
『はーい。』


宍戸と鳳が店へ戻ってから数分後、二人を待っている美麗に近づく二人組みの男。さきほどから目をつけていたらしく、一人になったのを見計らっていたようだ。ニヤニヤと下品な笑みを浮かべながら、声をかける。


「ねぇ君。」
『…?』
「その制服、氷帝のだよね?」
『…そうだけど。』
「やっりぃ!やっぱあの金持ち学校!しかもお嬢様っぽいし?」
「あぁ、おまけに可愛いし、目をつけて正解だったな。」
『…なんなのよアンタ達』
「怒った顔も可愛いー。なぁ、俺らとさ、楽しい事しよーぜ?」


そう言い男は美麗の肩に腕を回す。


『離して!触らないでよ!』


不愉快そうに顔を歪め、必死に抵抗するが男女の差は歴然で、いい加減頭にきた美麗が足を振り上げた時。


「お前ら何やってんだよ!!」


買い物を終えた宍戸と鳳が慌てて駆け寄ってきた。


「あ?んだよテメーら。関係ねー奴は引っ込んでな!」
『…亮…』


男は美麗を後ろから抱きしめる形で宍戸を睨む。


「関係大ありだ!ソイツは…」
「お巡りさーん!!不良がいます!こっちでーす!」
「チッ!」


鳳の声に慌てた不良は美麗を突き飛ばし、逃げていった。
突き飛ばされた美麗は突然の事にバランスを崩し、こけそうになったが、間一髪で宍戸が抱きとめる。


「大丈夫だったか美麗!」
「ケガしてませんか!?」
『大丈夫。』


二人は申し訳なさそうな顔で謝る。


「先輩、すみません…」
「一人にして悪かったな…危ない目に合わせちまったし…ゴメン…」
『どうして謝るの?助けてくれたじゃない。それだけで十分よ。』


優しく笑う美麗に、宍戸も鳳もようやく笑顔を浮かべた。


『帰ろっか。』
「はい。」
「おぅ。」
『あ、そうだ!』


二人より数歩前を歩いていた美麗は立ち止まると、クルリと振り向き、言った。


『助けてくれてありがとう。』


穏やかに笑った瞬間、美麗の回りに花が散ったように見えた宍戸、鳳はポケッと立ち尽くす。


「(あの笑顔は反則ですよね。)」
「(反則だな…。)」
『なんか言った?』
「いや何も!」
「何も言ってないです、はい!」
『そう?』


腑に落ちない、といった表情を浮かべる美麗だったが、すぐに興味をなくしさっさと学園へと帰るのだった。
無事買い出しを終え、跡部に頼まれた品を手渡す。紅茶を楽しみにしていた跡部は、袋から出てきた紅茶を見てピシリと固まった、かと思えば「オイ、ちょっと待て。」と、美麗の肩を掴む。


『何?』
「なんで地図に書いた店に行かなかったんだ!しかもなんだこの安っぽいのは!」
『うるっさいな!あんな遠い店行けるか!行きたいんなら自分で行きな!パシリに使うな!』
「お前が勝手に俺の紅茶飲むからいけねーんだろーが!その罰だと思え!」
『だったら別にあの店じゃなくてもいいでしょ!?他にもブランド店はあるんだから!』
「俺様はあの店がいいんだ!!」
『知るかァ!アンタには庶民の紅茶の味を知るいい機会じゃない!!』
「ハッ!どうせうっすい味なんだろ?興味ねーな庶民の紅茶なんざ。」
「庶民なめんじゃねェェェ!!」



突然乱入してきた宍戸は額に青筋を浮かべながら、鼻息荒く叫ぶ。


『そうよ!庶民なめんなよ!庶民の紅茶だってねぇ!それなりに美味しいの!頑張ってんの!ブランドに負けないくらい美味しいんだからね!!』
「そーだそーだ!!」


「…なァ、アイツら何言い争ってんだ?」
「なんか紅茶がどーのって言ってますけど。」
「てゆーかなんで宍戸まで混ざってんだ?」
「……部活しませんか?」
「…せやな」


いつまでも言い争っている跡部と美麗、そして乱入した宍戸をほって、部活を再開するその他レギュラー陣。結局、三人の言い争いは部活が終わっても続いた。



to be continued...


だいたい680円ってなんだよ!安すぎだろーが!」
『これでも1番高いの買ったのよ!!』
「そうだぜ!奮発してやったんだよ!!」
「一パック680円ってどう考えてもおかしいだろーが!」
「『おかしいのはお前の頭だ!!』」


「…いつまでやってんねん。」
「もうウゼーよこいつら。」
「……バカ三人はほっといて帰りません?」



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