最大の強敵
「オイ美麗。行くぞ。」
『行くって…どこに?』


部室で自己紹介が終わったのを見計らって、跡部が立ち上がる。美麗はわけがわからず、首を傾げる。


「……樺地。」
「ウス。」
『きゃっ!?』


樺地はひょいっと美麗を担ぎ、先に部室を出た跡部に続く。


『樺地!離しなさい!ちょっと景吾!?どこ行くのよ!!』
「黙ってろ。樺地、絶対離すなよ。」
「…ウ、ウス。」
「…あー…あそこか。」


どこへ向かっているのかわかったレギュラー陣は静かに後をついてくる。


『あそこ?…って………まさか…』


美麗の頭に一人、嫌な顔が浮かんだ。それは出来れば、極力会いたくない人物。冷や汗ダラダラな美麗はひきつった顔で跡部を見ると、跡部は小さく頷く。


「…榊監督の所だ。」
『降ろせェェェェ!!』


途端に樺地の肩でジタバタ暴れる美麗。心の底から嫌だと叫ぶ。


『嫌だ帰るゥゥゥゥ!!』
「もう着いた。」
『えぇ!?』


いつの間にか音楽室の前に来ていて、もう引き戻せない。


「諦めろ美麗。」
「まぁ、頑張れ。」
「おら、いくぞ。お前らはそこで待ってろ。」
『いーやーだー!』


跡部は嫌がる美麗を引きずり、音楽室へ入って行く。
静かな音楽室に足を踏み入れると、モアッと鼻にまとわりつく独特の香り。思わず鼻をつまむ二人。



「監督…榊監督。」
「ん?ああ跡部か。何の用…………はっ!!そこにいるのは雪比奈では!?」


ピアノの手入れをしていた榊監督は、振り返るなり美麗をがん見。その興奮しきった視線に、自然と一歩下がる跡部達。


「…美麗をテニス部マネージャーにしたいのですが…」
「マネージャーに!?大歓迎だ!!毎日雪比奈と一緒にいれるではないか!!さぁマイハニー!早く私の元に!!」
『何両手広げてんの。飛び込まないからね。』
「照れなくてもいい!わかっているさ!さぁ早く私の胸におい…ぶっっ!!」



ガシャン!と派手な音を立て、榊の顔面に花瓶が直撃。投げたのはもちろん、美麗だ。


『しつこいわね!!ウザいから消えろカス!!』
「…っいい!その罵声!その冷たい視線!!最高だ!!もっといたぶってくれて構わない…!!」
「………。」


跡部はあまりの気持ち悪さに青ざめている。こんな人が氷帝の監督だなんて信じられないと言わんばかりのひきつった表情。
何度見ても、気持ち悪い。


『…あぁそう。じゃあお望み通りやってやるわよ!!』
「え、あのそれはちょっと……っま…待て…それは…っ!」
『うァァァァ!!死ねェェェ!!』
「ぎゃああああ!」



美麗は額に青筋を浮かべ、近くに飾ってあったベートーベンの額の角で榊監督を力いっぱい殴った。まるで殺人現場のようになってしまった音楽室。しかし自業自得なため、跡部は同情などしない。
そして榊の悲痛な叫びと何かが割れる音などは、外で待機していた者にしっかり届いていた。


「…派手にやってるな。」
「…そーだな。」
「自業自得だC。」
「…(ねぇ日吉。中で何が起こってるんだろう?)」
「(さぁな。でも監督の変態さはお前も知ってるだろ。)」
「(うん。)」
「(だいたい予想はつく。)」
「(そうだね…うん)」


鳳と日吉がひそひそ声でそんな会話をしていた時、扉が開き青ざめた跡部と不機嫌そうな顔をした美麗が出てきた。


「お疲れさん美麗ちゃん。」
「大丈夫だったか?」
『…最悪よ。ホンット最悪!』
「まぁいい。」
『よくないわよ!!』
「落ち着けって美麗。」
『落ち着いていられるかァァ!!』
「後でキノコやるから鎮まれ。」
『了解しました!』
「……単純ですね先輩。」
「明日からマネージャーの仕事、頼んだぜ。」
『わかってるわよ。(あー…でも面倒くさい。)』


榊太郎(43)
男子テニス部顧問。見た目はダンディで紳士なイケメンだが、本性は生徒である美麗大好きな正真正銘のド変態。

この先もきっと、この強敵が立ち塞がるだろう。
やっていけるのだろうかと、美麗は深くため息をついた。


to be continued...



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