この世に理不尽なことなんて、いくらでもある。
そりゃそうだろ、と自分自身に言い返した。世の中何もかも思い通りにいくわけもなく、成功するにはそれ相応の努力と代償が必要だ。特にこの容赦なく青く広がる海の上では、そんなの理不尽だなんて言っても誰も助けてくれやしない。すべては自分で切り開くのだ。
そのはずだった。
煙草に火を付け息を思いきり吸い込めば、肺の中に充満する煙と、苛立ちに似た何かで気が重くなる。怒りでも苛立ちでも無いこの感情の、行き場の無さに途方に暮れる。たった今吐き出した煙と似ていた。ただひたすらに、漂うだけだ。

風に流され消えていく煙を見送ってから、もう一度、一階の芝付き甲板に視線を落とした。
燦々と降り注ぐ陽気の下で、青々と茂る芝。いつもならルフィを中心に野郎共が騒ぎ回ってる場所が、今日はやけに静かに、穏やかに、午後の陽気を浴びていた。
二階甲板で釣りを楽しむルフィやウソップの声が聞こえる。チョッパーとロビンちゃんは図書館に行くと言ってつい先刻ダイニングを出てったし、フランキーはかれこれ何時間も兵器開発室にこもったきり。
残るは二人。
もちろん、あのクソマリモがどこで何してるかなんてどうでもいい。残るナミさんは測量室にいるもんだと思っていた俺は、アフタヌーンティーでもお持ちしようとダイニングから出てきたとこだった。そのはずだった。

ひとまず落ち着け、と心の中で呟いた。
今自分の眼下に見える状況を、理解しようとすればするほど、こんなの嘘だと喚きたくなる。
甲板には、壁に背をもたれ腕を組んで昼寝をしているクソマリモ。問題は、愛しのナミさんが、あのクソマリモに寄り添って心地良さそうに眠っていること。
俄には信じ難いとはこの事だ。
今すぐにでもクソマリモを蹴り飛ばしてやりたい衝動が、体中を駆け巡る。しかしそれができずにこうしているのは、マリモの横で天使のような顔で眠るナミさんがいるからだった。
煙草の煙を吐きながら、なんでだよ、と心の中で呟いた。
彼女の横にいるのがどうして俺じゃないんだと、この世の不条理を叫びたい。吐き出した煙草の煙が、風に流され消えていく。いっそのことこの気持ちも流されていくなら、どんなに気が楽だろう。

やった大物だ、という声が俺の思考を掻き消した。二階甲板で釣りをしていたルフィ達が大物を仕留めたのだろう。いつものようにギャーギャーと騒ぎ声が響き出す。
不意に甲板を見下ろせば、さっきの声で目が覚めたのか、眠たそうに目をこするナミさんが視界に入った。クソマリモは変わらず寝たままだった。
物音立てないように気をつけながら、俺はこそりと踵を返す。
別にお前のためじゃないからな。
口に広がる煙の味を噛み締めながら、誰にも知られず心の中で呟いた。


あんなに幸せそうにしている彼女を、邪魔するなんて不可能だ。




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