今宵、月は殊更に | ナノ




今宵、月は殊更に



これから来る季節を先取りしたような
寒さの和らいだ穏やかな夜

お風呂も済ませて、あとは寝るだけ

今日は仕事も夕方には終わったし、明日もお昼から

ベランダに続く窓の傍らに置かれたローソファで寛ぐ
寒さの和らいだ風が心地よい


「そんな恰好で…、夜はまだ冷えるぞ」
「…うるさーい」
「ほら、羽織っておけ」


ソファに備え付けてあるブランケットを無造作にかけられる
ほのかに香るお香の香り、真斗のもの


「そろそろ窓を閉めるぞ」
「まだー。あんたも座りなさいよ」
「…少し待ってろ」


ブランケットにくるまりながらズルズルと体勢を崩していく
久々にゆっくりとした時間

自分だけとか、真斗だけ、とかはあるけど
2人揃っては、本当に

ぼやっと外を眺めていると、後ろから真斗の足音が近づく


「ほら、熱いから気をつけろ」
「ん?うん」


ホントこいつは気が利くというか、細かいというか
女子力が高いってやつだ あたし絶対負けてる


「んー、ん?これなに?」
「烏龍茶だ。先日、空き時間に」
「ふぅん。いい匂い」


瑞々しい、甘い、仄かな桃の香り
熱すぎない程よい暖かさ ほぅっと身体が温まる

飲み終わった湯呑を真斗に渡して
隣の真斗に凭れ掛か…たのに、そんなあたしに気にかけることなく
真斗は立ち上がり、窓を閉めに立ち上がる


「ああ、今日は月がきれいだな」
「月?」
「そこからでも見えるんじゃないか」


窓は開けたまま、あたしの隣に戻ってくる
真斗に凭れながら窓の外を伺う


「この季節、空気が澄んでるからな」
「ホント、きれい」
「知識では知っていても、身を以て実感することができた」
「…ん?どういうこと?」


真斗の知識は、あたしとは違う
学力的なものではない分野で


「夏目漱石は、"I love you"を"今夜は月が綺麗ですね"と訳したそうだ」
「ふうん、なんで?」
「漱石の時代、愛しているというような直接的な表現はあまり好まれなかったようでな、
 愛や想いを抱いている相手と見る月は殊更に綺麗だ、ということらしい」
「なんか、詩みたい」


真斗の手が頭を撫ぜる
心地の良い体温


「お前と見る月は今も、きっと昔も綺麗だったんだろうな」
「…っ、なによ、それ」
「パーティの夜、よく抜け出したからな」
「あれはっ」
「まぁ、あの頃は月なんて考えられなかったけれど」


くすくす笑う真斗
いつの間にこんな落ち着いたんだろう

あのころは、
それこそ月なんて気にならなかった

ただ、パーティが退屈で、
ついてくる真斗が可愛くて

でも、
きっと、綺麗だったんだろうなぁ



今宵、月は輝いている

きっとあの頃と変わらない光で

これからもずっと



END

毎日、21時くらいに帰宅するのですが、
だんだん冷たい風が、暖かいというか柔らかくなってきた気がしてる

桃の烏龍茶は私が職場で愛飲してるお茶です


けい
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