いとしいとしと求める心 | ナノ



いとしいとしと求める心



「ただいまぁー」


あれ?帰ってないの?
部屋電気ついてるのにー。

今日はあたしの方が先に出た。
真斗が電気つけっぱなしで行くなんて、…ないよね。
あたしはよくやって怒られるけど。
だって帰って来た時に暗いの嫌いだから。

玄関に真斗の靴あるし、
シューズラックの上にはこの部屋のカギ。

帰ってきてるね。
なんかしてんのかな。

あら、リビングにもいない。


「真斗ー?」
「ああ、恋。おかえり」
「うん。何してんの?ん…これ何の音?」


この部屋はあたしたちの仕事部屋、とまではいかないけど、
楽譜だったり、今まで自分たちが掲載された雑誌だったり、
そういうものを置いてある部屋。
あたしのサックスや、真斗が弾くピアノもここにある。

その部屋に響く、…モーター音?


「これの音だ」


真斗が指さしたのは…なに、これ?
墨…?
墨が、機械で動いてる?


「なに?」
「墨すり機だ」
「…聖川財閥ってそんなの作ってんだ」


だって見たことないし。
作ってる、っていうか、真斗が作らせた、とか?


「何を言ってる。市販のものだぞ」
「そう、でもなんで?今まで自分で摺ってなかった?」


真斗が書道やってるのは知ってる、
この部屋でもたまに書いてるし。


「今度、高校書道の教育番組に出ることになってな。
 俺は高校で書道の勉強はしていないから少し勉強しようかと」
「…へぇ」
「教育書道というものも興味深い」


ああ、良くない。
あたし全く興味ない。

音也出てるのスポーツ番組とか、
イッチーの出てる情報番組とか、
おチビちゃんとシノミーのクラッシック番組とか、
いわゆる自分の専門外の番組も結構楽しんでみてるけど。

教育、
しかも書道か…
真斗が書いてるのを見て綺麗な字書くなぁくらいにしか思わない。


「最近は、指導要領の改訂があってな。授業時間や取り扱う内容が…」
「待って。真斗」
「ん?」
「悪いけど、あたしはあんまり興味ない」
「ああ、そうだな。悪かった」
「だから、さ。そんなあたしでも興味持てるような、話とかないの?」


真斗の出る番組はできるだけ見たいけど。
キョウイクショドウなんて、…寝ちゃうかも。


「そうだな…。これは教育の書道とは離れてしまうかもしれないが。
 興味を持つきっかけになればいいな。例えば、お前の名前の"恋"という字だが」


そう言いながら、真斗は「恋」という字を半紙に書く。
そして、「戀」という字も。

普段、名前を書くときとか、
"神宮寺"だけで長いから名前は平仮名とか片仮名で書いてしまうことが多い。


「こちらの字が旧字。よく「いと(糸)しいと(糸)しと言う心」と言われる」
「それは聞いたことある」
「そうか。旧字でない方は心の上に"亦"という字が付くことから
 心がいろいろなところにうつってしまうという言われ方もするのだが」
「ふーん」


それって浮気性ってこと?
なんか嫌な気分。

あたしが不機嫌になりそうなのを察したのか真斗は
付け足すように、言葉を続ける。


「これはあくまでも草書という最も崩された字体から変化した字だ。
 おれが好きな表現は日本での崩し方だ」
「日本?漢字は全部中国じゃないの?」
「大方中国だけどな。日本にしかない漢字もあるし、日本特有の崩し方もある」


全く知識のないあたしには
新しい情報ばかりでついていくのがやっとだ。
まず、漢字が全部中国じゃないってとこから知らないわけで。


「日本では心の上を「求」という形に崩すんだ。
 お前がさっき嫌な顔をした中国での書き方も俺は好きだぞ。
 お前は言葉に出来ないくらい、愛おしいと思う。いくらでもそう告げたい。
 様々なものに心ひかれ、そして多くの人の心をひきつけるのもお前の魅力だ。
 心を求める。色々事情はあったが、お前は一途に俺を求めてくれる。
 そして俺はそんなお前に心を欲しいと求める。そんな様々な魅力を持った
 お前が好きだ。まさにお前のためにある字だとも思う」


う、ああ…
視線を外せない。

なんで真斗はこんなに真っ直ぐに言葉にできるのだろう。

両親がこんな知識を持って名前をつけたとは思わない。
「恋」という字そのまんま、loveという意味でつけたと思う。


「俺もこの知識を得たは最近なんだがな」


例の書道番組を引き受けるにあたり、
師事している先生のところに挨拶をしに行ったときに聞いたみたいで。


「この話を聞いて、お前の名前が、存在がより一層愛しく感じた」
「…うん」


少しは興味を持ってくれただろうか。と顔をのぞきこまれる。

そんな問題じゃない。
こんなんじゃ、逆に番組は見られそうにない。

生まれた時に両親に、

そして、今改めて、真斗に名付けられた気分。


「ま、さと…」
「どうした?」
「今の話、もう誰にもしちゃダメだから」


まるで、告白だ。
真斗に心を求める、とか
愛しい、なんて言われたら…


「なぜだ?お前みたいな書道に興味のない人間にはなかなか面白い話だと思うのだが」
「ダメ」
「まぁ…お前がそこまで言うのなら」
「あたし、だけだから」


真斗が"恋"と呼ぶのは。

"恋"という言葉を表現するのは。

そんな意味がある言葉を告げるのはあたしだけでいい。



END
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